三菱一号館美術館公式ブログ「PARIS オートクチュール展に、仏前首相・現外相夫人のブリジット・エローさんがご来館されました!」

三菱一号館美術館 公式ブログ 当館のイベントの様子や出来事をお知らせしていきます。

2016年4月26日

PARIS オートクチュール展に、仏前首相・現外相夫人のブリジット・エローさんがご来館されました!

G7のために来日し、広島に続き東京を訪れていたJean-Marc Ayrault(ジャン=マルク・エロー)外相夫妻。
4月12日(火)、外相夫人のBrigitte Ayrault(ブリジット・エロー)さんが、当館で開催中の
「PARIS オートクチュール―世界に一つだけの服」展を鑑賞されました。
2時間近く熱心に一点一点の作品をご覧になり、
「オートクチュールの歴史が三菱一号館の空間の中で見事に展示されている。
ディオールなどのクチュリエ(オートクチュールのデザイナー)の手仕事はどれも素晴らしく、
興味深い展覧会と感じた」と仰っていました。

ブリジット・エローさん、お忙しい中足を運んでいただき、ありがとうございました。

ブログ用 記念撮影20160425

写真左から、当館学芸員の岩瀬、Brigitte Ayraultさん、当館館長の高橋

2016年4月25日

歴史資料室にて開催中「樹について」 作家インタビュー!⑤最終回

皆さま、こんにちは。
本日は連続でご紹介している、三菱一号館・歴史資料室にて開催されている、個展「樹について」(~5月22日)
の作品の制作者である田中彰さんのインタビュー内容をご紹介して参りましたが、今回で最終回です。
(聞き手:当館学芸グループ長・野口玲一)

8、Tunnel Bench for Children

田中さん ベンチ

このベンチは保育園に設置する予定のものです。
内側には虫が彫ってあり、ベンチの中に潜って虫捕りができます。

田中さん ベンチ中身

親はベンチに座って子供が遊ぶ姿を眺めることができます。虫の性質にあわせて居場所も決めていて、
裏側の見えにくい場所には珍しい虫を描いています。4つのベンチを並べて1つの作品になるのですが、
それぞれのベンチに違う生き物を描こうと思っています。

―ドラえもんの空き地に置いてある土管を思い出します。最近は空き地も土管も珍しくなりましたが、
相変わらず子供はもぐるのが好きでしょうから。

版画はどこか子供の頃の記憶に結びついているようです。
小さいころ住んでいた地域では化石が取れました。
拾った石を割ると、中から葉っぱの化石が出てきたのがとても面白かった記憶があって、
それを再現したような感覚です。
版画を刷ってイメージが現れる瞬間が、化石の中から何かが現れる瞬間と似ているのかもしれません。

田中さん 平置き台

田中さん、いろいろお話をお聞かせ下さいまして、ありがとうございました!
皆様、ぜひ実際の作品をご覧ください。田中さんが歴史資料室にいらっしゃる場合もありますので、
実際にお話しをお伺いできるかもしれません!

こんなところにも作品が。お見逃しなく!
田中さん 棚
田中さん 棚中身

田中さん 全体(展覧会名入り)

写真は全て
撮影:木奥惠三 
Photo: Keizo Kioku

2016年4月22日

歴史資料室にて開催中「樹について」 作家インタビュー!④

皆さま、こんにちは。
本日は連続でご紹介している、三菱一号館・歴史資料室にて開催されている、個展「樹について」(~5月22日)
の作品の制作者である、田中彰さんのインタビューの続きです。(聞き手:当館学芸グループ長・野口玲一)

6、《古代よりの光、水、樹#1》
田中さん ヒマラヤスギ撮影:木奥惠三 
Photo: Keizo Kioku

この作品は、色々な文化や考え方が海を越えて日本に入ってくる、外から入ってくるものが混ざりあって日本が
作られているという考えを作品にしました。僕の中で、海を越えて入ってくるものには共通のイメージがあります。

ヒマラヤスギは明治期(約130年前)に、日本に入ってきた外来種です。ヒマラヤスギを描こうと考え、
大きな木を探していて、東京のあちこちを歩いて旧岩崎邸(東京都台東区)
に行き当たりました。

手に持っているのは、シダーローズです。ヒマラヤスギは松科なので、松ぼっくりが出来るのです。
その形はちょうどバラの花のように見えます。絵の背景は《セビリアの聖母》の背景から引用しました。
下にはラテン語で「ヒマヤラの聖母」とあります。スギにはいろいろな意味があり、インドでは聖なる木として
扱われています。見る人によって作品の意味が異なると思います。

―旧岩崎邸は、三菱の3代目社長だった岩崎久彌の邸宅として建てられたものでした。
一号館も手掛けたジョサイア・コンドルの設計によるものです。思わぬところでつながりましたね。

7、《古代よりの光、水、樹#2》
田中さん ナマズ撮影:木奥惠三 
Photo: Keizo Kioku

震災の後、「いま何を伝えたら良いのか」と考えているときに、福島の汚染水のニュースをよく耳にしたのが
きっかけで生まれました。汚染水の話が浮かんでは消え、ということを繰り返しているうちに、「水」の大切さ
に思い至り、自分の中にある水についても改めて意識しました。
セビリアの聖母の時代にはなかった原子力について考え、キリストが今の世界に現れたらどのように感じるだろうか、
ということもテーマです。キリストは汚染水というものを知りませんから。

あるいは今後、生物にどのような影響があるのか、今起こっていることを後世に伝えたいと思いました。
水の中は人の世界ではないので、水中の生物が放射能を浴びて、どのようなことが起こっているのかわかりません。
また、この先に何か影響があるのではないか、ということも描いています。

―下に描かれているのは、ナマズでしょうか。
田中さん ナマズ②

はい、外国の方に質問されたのですが、ナマズが地震を連想させるのは日本だけのようです。
ナマズが地震を起こすという信仰を説明すると、災害掲示の看板がナマズだったことを思い出して納得された外国の
方もいました。

この木版は、彫刻刀を使っていません。ウッドバーニングペンという特殊なペンで、焦がして焼きながら彫っています。
下絵を完全に作らず、描きながら考えるというスタイルです。

―普通の版画を作るよりも時間がかかるのではないでしょうか。

時間がかかりますし、どのような作品に仕上がるのか、想像できない部分があります。彫刻刀を使用する場合は、
彫り始める際に、あらかじめ完成をイメージして彫りますが、この手法では先が見えません。周りの状況に反応
しながら作品を作っています。
イメージも変化していくので、自分が魚を食べたら、その魚を作品に描きこんだりもしています。

―紙はざらざらした風合いのあるものですね。

ロクタという、ネパールの山岳民族が作った紙です。作った人の生活が垣間見える紙で、移動しながら紙を漉く、
彼らの生活にも共感しました。戸外で漉いているので、乾かす時に雨が降って濡れた跡などもあります。
均質でないので刷るにも工夫が必要で、手作業で、バレンを使って刷るしか方法がありません。その分、
紙と自分の関わりが強い紙です。

次回は最終回!

2016年4月15日

歴史資料室にて開催中「樹について」 作家インタビュー!③

皆さま、こんにちは。
本日は前回に引き続き、現在三菱一号館・歴史資料室にて開催されている、個展「樹について」(~5月22日)
の作品の制作者である、田中彰さんのインタビューの続きをご紹介いたします。
(聞き手:当館学芸グループ長・野口玲一)

5、《セビリアの聖母》(木版模刻)2015制作田中さん セビリアの聖母撮影:木奥惠三 
Photo: Keizo Kioku

この作品のもとになった「セビリアの聖母」は、1597年に長崎県の有家(ありえ)という場所で作られた、
日本で最初とされる銅版画(エングレービング)です。なぜその版画が作られたのか理由や起源に興味があり、
自分が模刻することで、作者の気持ちを追体験できるのではないかと考えたのです。

―エングレービングを木版で再現したということですね。

はい、木版で残す線の外側を彫っていき、銅版を反転するように彫りました。
元の作者が描いていない部分を表していくという作業です。描かれていない線を浮かび上がらせることで、
何かがわかるのではないかと思いました。

―木版ではなくて、銅板で再現することは考えなかったのでしょうか?

そっくりそのままの再現を目指すのであれば、転写をしてその通りに、彫っていくべきですが、
僕は技術的なことよりもむしろ、模刻という作業を通して作者が感じたこと追体験することが
重要と考えました。

もとの作品は一般公開されていないので、実際に観ることが出来ませんでした。そのため、いろいろな資料を集め、
過去に復元された作品を見比べながら、自分なりに鉛筆でスケッチをして、作品のイメージを作っていきました。
完全な模刻というよりも、絵を再び描き起こしているという感じです。トレースはしていません。それがむしろ、
最初の作者の行為に近いのではないかと思っています。
《セビリアの聖母》の原作者もすでにあった聖母の絵を写し取ってこの作品を作っているはずなので、「写し取る」
という行為は同じであったのです。自分もそれに近い感覚で作業を行いたいと。

―画そのものよりも、行為を再現するというところが面白いですね。
《セビリアの聖母》はポルトガルの宣教師が日本に持ち込み、それをキリスト教を学ぼうとした日本人たちが写した
ものなので、宗教的な動機がかなり大きかったわけです。そこにも興味があったのですか?

この時代に作られた版画は、版画がアートや芸術と呼ばれる以前のもので、人間の存在にかかわるような、
その原初的なあり方はとても大事なのではないかと思っています。もとの《セビリアの聖母》も当時は命がけで作った
ものだと思うので、そこに秘められている何かを感じてみたいと思いました。

―作品を作ってみていかがでしたか?

僕が模刻を通して感じたのは、この作品を作ったのは日本人だということです。線を追っていると、
西洋的な線ではなく平面的な線だったりして、ヨーロッパの人が作ったものではないな、と感じました。
また彫っていると解るのですが、模様などにあるリズムがずれていたりして、アバウトだなと感じました。
プロではないけれども、当時の作者が一生懸命つくったんだという感じも伝わってきました。

余談ですが、そうしたら上手くいくような気がして、聖母の鼻から始めたんです。
中心からどんどん広げていくようなイメージで彫っていきました。

刷り上がった瞬間、つまりイメージが紙に定着した瞬間に、時代を超えた何かが一緒に定着されたような気がして、
とても不思議な感覚でした。彫っている最中もこの模様は何を意味しているのだろう、キリスト教とはなんだろう、
なぜラテン語なのか、当時の人の気持ちに少し近づいたような気がしました。

―木版が美術として独立する前の状態に興味をもたれることが、大変興味深いです。
木版画家としてその世界の確立を目指すよりも、あえて未分化の状態に遡ろうとする思考が田中さんならではですね。

田中さん セビリア開錠込撮影:木奥惠三 
Photo: Keizo Kioku

【展覧会情報】
アートアワードトーキョー丸の内2015三菱地所賞受賞
「樹について」田中彰個展

◆会期:2016年3月4日(金)〜5月22日(日)
◆開館時間:10:00~18:00(祝日を除く金曜、会期最終週平日は20:00まで)
◆入場無料
◆休館日:月曜日(但し、祝日と5月2日、16日は開館)
◆会場:三菱一号館 歴史資料室
◆主催:三菱地所(株)
「詳細はこちら」からご確認下さい。
次回につづく

2016年4月13日

歴史資料室にて開催中「樹について」 作家インタビュー!②

皆さま、こんにちは。
本日は前回に引き続き、現在三菱一号館・歴史資料室にて開催されている、個展「樹について」(~5月22日)
の作品の制作者である、田中彰さんのインタビューの続きをご紹介いたします。
(聞き手:当館学芸グループ長・野口玲一)

2、《登場者たち》
この小さな作品は、丸太を彫り始めた頃から、少しずつ作りためていたものです。
記録したいモチーフをスケッチのような意味合いで残してきました。
作品1枚に1日かからないので、徐々に作品が増えてきました。

作品に描かれているモチーフは、丸太を彫っているときに現れた虫だったり、絵画教室に通っていた子どもが僕にくれた
記念品だったり、友達がくれたフクロウのぬいぐるみだったり、個人的な関わりのものばかりです。
実際には存在しない頭の中に降ってきたイメージも交じっています。

田中さん 登場者たち正面撮影:木奥惠三 
Photo: Keizo Kioku

―同じ1枚のフォーマットに収められているので、図鑑のようにも見えますね。
作品ごとに固有のエピソードがあって興味深いです。

3、《中生代白亜紀層》
僕が現在住んでいる、ひたちなかの那珂湊の海は、潮が引くと、
恐竜が生きていた8000万年前の白亜紀の地層が現れてきます。
潮が満ちるとその地層が隠れて現在の風景に戻ります。
同じ場所であるのに、景色だけでなく、時代まで変わっていくように感じられるのがとても面白いのです。
田中さん 中世白亜紀層撮影:木奥惠三 
Photo: Keizo Kioku

4、《樹の中の風景》~中生代白亜紀層から~“mental sketch modified”
《登場者たち》の作品がまとまった数になった頃のことです。壁にかけたむき出しの版画が風にそよぐのを観たとき、
ふと作品が生きているような気がして、絵に登場させてはどうかと思いました。版画の作品としてはモノクロですが、
自分の中に色の記憶があったので、この作品では色で表現しました。
田中さん 気の中の風景撮影:木奥惠三 
Photo: Keizo Kioku

背景の海は、《中生代白亜紀層》で描いた那珂湊です。普段、僕は大きな流木に座って海を眺めているのですが、
その座っている視線の先に、登場しそうなモチーフを考え、絵の中に定着させるというやり方で描いていきました。
来館した方も、向かいのベンチに座ってもらって、「見る」ってどういうことなんだろう、
ということを感じてもらいたいです。その人の目に「見えている」風景と、
「見たい」と考えている風景は違うこともありますよね。
そこで、見るってどんなことか、改めて考えるきっかけになればと思っています。
田中さん 丸太全体撮影:木奥惠三 
Photo: Keizo Kioku

次回に続く

2016年4月11日

歴史資料室にて開催中「樹について」 作家インタビュー!①

皆さま、こんにちは。
本日は現在、三菱一号館・歴史資料室にて開催されている、個展「樹について」(~5月22日)の作品の制作者である、
田中彰さんのインタビューをご紹介いたします。制作過程のエピソードや、作品の背景などのお話を伺いました。
作品ひとつひとつについて、とても興味深い内容です。作品をご覧になった方も、そうでない方もお楽しみ頂けます!
(聞き手:当館学芸グループ長・野口玲一)

1、fragment of MALTAMIRA
版画を制作する前は、洞窟壁画に興味がありました。
この木はもともと、高さ4メートル、直径が130センチ、重さ4トンの丸太でした。
田中さん 丸太クローズ撮影:木奥惠三 
Photo: Keizo Kioku

―丸太は初めからくりぬかれていたのですか?

丸太は蜂の巣のようにドリルで穴をあけ、鑿を使って彫りました。トンネルを掘るように両サイドから中心に向かって
彫り進めます。約8か月かかりました。重労働で、終わる頃には体重もだいぶ減ってしまいました。くりぬいた後は、
鑿で表面を削り滑らかに整えます。作品の中をくぐり抜けられるようにしていたので、人がたくさん丸太を通ることで、
だんだん滑らかにつるつるになっていきました。

木は、幹の中心に一番生命力があります。その中心部分から削っていったので、彫る際には、木の生命力を奪ってしまう
という罪悪感がありました。それもあって彫った木の破片も全て捨てずに保管してあり、別の作品に生まれ変わったもの
もあります。

―洞窟壁画に興味があったということですが、丸太の内部を洞窟に見立てたのでしょうか。
絵のモチーフはどこからきているのでしょう。

丸太の中に描かれている絵は、保育園児の時に見た夢の風景です。目が覚めてその洞窟を当時、紙にスケッチしました。
その風景にもう一度行ってみたいという願望から生まれたのです。
描いた絵はふるさとのイメージと重なる部分が多くあります。

この丸太は最終的に20個に分割して、展示された現在の姿になりました。
(あまりに大きな作品で置き場所に困ってしまい)丸太の状態を保つか、カットするか1年くらい悩みました。ただ、
切るならば自分の手で切りたいと思っていました。木との対話の結果、カットして丸太から絵が出てくるという形にする
ことが最終的な答えになったのです。

―木とのやりとりを通して、作品の姿も変わっていったのですね。

丸太をくりぬき、残った木片からも作品が生まれ、一つの形にとどまらずに徐々に形を変えていく。
木が別の生命を持っているようにも見えないでしょうか。この丸太は例えば、仏像でも、テーブルでも、
何になっても良かったのであって、たまたま洞窟になったという感じがありました。この体験を通して、
作品を作るということに縛られず、とても自由になった気がしました。
版画でいえば、木というものは版のための版木であるという以前に、生命を持った木であったということに気付いた。
ハンコになる可能性もあったし、いろいろな可能性があったということです。

―田中さんの考え方の、技術を洗練させていくのではなく、より原初的な方向へ遡っていこうとする方向性が、とても
独特なものに感じます。ベクトルが普通の版画家の目指すものと全く逆をいくようなところが大変興味深いですね。
田中さん 丸太全体撮影:木奥惠三 
Photo: Keizo Kioku

 
次回に続く