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シャ・ノワール —
リヴィエール、スタンランと
ナビ派エドガー・アラン・ポーの短編小説から採られたとされる、「黒猫」を意味する〈シャ・ノワール(Chat Noir)〉は、演劇や詩の朗読、作品の展示といった芸術的な活動を前面に押し出した初めてのキャバレーとして、ロドルフ・サリスが1891 年に開店しました。ここで演じられたリヴィエール考案の影絵芝居は人気を博して巡業することになり、そのポスターをスタンランが手掛けました。ボナール、ヴァロットンといったナビ派の画家は、平面性を強調した影絵芝居に影響を受けています。
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1.テオフィル・アレクサンドル・スタンラン《シャ・ノワール巡業公演》1896年 リトグラフ 京都工芸繊維大学美術工芸資料館(AN.4829)
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2.フェリックス・ヴァロットン《大騒ぎ、あるいはカフェの情景》1892年 木版、紙 三菱一号館美術館 1.テオフィル・アレクサンドル・スタンラン《シャ・ノワール巡業公演》1896年 リトグラフ 京都工芸繊維大学美術工芸資料館(AN.4829)2.フェリックス・ヴァロットン《大騒ぎ、あるいはカフェの情景》1892年 木版、紙 三菱一号館美術館
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ムーラン・ド・ラ・ガレット —
ルノワール、カザスとルシニョルモンマルトルの丘を上ったところに建つ粉挽きのための風車の敷地が、ガンゲット(居酒屋のような場所)から屋外ダンスホール〈ムーラン・ド・ラ・ガレット〉に姿を変え、人気を博しました。ルノワールが描いた1876年頃は健全な場所でしたが、徐々に客層が変わり、ロートレックが描いた1889年頃には娼館で働く人々も集う、ややいかがわしい場所になります。モンマルトルへ移り住み始めたばかりのゴッホは、この場所を明るい画面に描き出しています。バルセロナからやってきたカザスとルシニョルは、この店に間借りしていました。さらにエコール・ド・パリの画家ユトリロも、20世紀初頭に同店を描いており、多くの芸術家に刺激を与えた場所であることが分かります。
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3.フィンセント・ファン・ゴッホ《モンマルトルの風車》1886年 油彩、カンヴァス 石橋財団アーティゾン美術館
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4.モーリス・ユトリロ《ムーラン・ド・ラ・ガレット》1910年頃 油彩、厚紙 ポーラ美術館 3.フィンセント・ファン・ゴッホ《モンマルトルの風車》1886年 油彩、カンヴァス 石橋財団アーティゾン美術館 4.モーリス・ユトリロ《ムーラン・ド・ラ・ガレット》1910年頃 油彩、厚紙 ポーラ美術館
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クアトラ・ガッツ —カザス、
ルシニョル、
ウトリーリョ、
ロメウ1897年、パリの〈シャ・ノワール〉に倣う形で、バルセロナに〈クアトラ・ガッツ(Quatre Gatz、四匹の猫)〉が開店しました。「クアトラ・ガッツ」とはカザス、ルシニョル、ウトリーリョ、ロメウの4人からなる芸術家グループの名前でもあり、彼らバルセロナの近代芸術運動(ムダルニズマ)※1 の芸術家が出資して、全く新しいカフェを目指したのです。この店に通い、カザスらの展示を見たピカソはパリへ赴く決意を固めます。
※1 19 世紀から20 世紀初頭のバルセロナを中心に、アール・ヌーヴォーの影響を受けつつ流行した芸術様式で、ガウディらの建築をはじめ、文学、美術など広く普及した。
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5.ラモン・カザス《「アニス・デル・モノ」のポスター》1899年 リトグラフ、国立西洋美術館 5.ラモン・カザス《「アニス・デル・モノ」のポスター》1899年 リトグラフ、国立西洋美術館
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ピカソ、ロートレックとカフェ
1900年に初めてピカソはパリに数か月滞在し、ドガ、ロートレック、ルノワールらの影響を受けつつ制作しました。中でも《カンカン》は、ロートレックの《エグランティーヌ嬢一座》のような、フレンチ・カンカンの賑やかな踊りを想起させます。しかし、それにとどまらずピカソは独自の表現を追求し、「青の時代」に入ります。《酒場の二人の女》の画面には、お酒の入ったグラスをバーのカウンターに置き、こちらに背を向けて腰掛ける二人の女性が描かれ、喧噪とは対極の、ピカソが感じた貧しさや寂しさが伝わってきます。
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6.パブロ・ピカソ《カンカン》1900年 パステル、紙 ひろしま美術館 © 2026 - Succession Pablo Picasso - BCF (JAPAN)
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7.アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《エグランティーヌ嬢一座》1896年 リトグラフ 三菱一号館美術館
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8.パブロ・ピカソ《酒場の二人の女》1902年 油彩、カンヴァス ひろしま美術館 © 2026 - Succession Pablo Picasso - BCF (JAPAN) 6.パブロ・ピカソ《カンカン》1900年 パステル、紙 ひろしま美術館 © 2026 - Succession Pablo Picasso - BCF (JAPAN) 7.アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《エグランティーヌ嬢一座》1896年 リトグラフ 三菱一号館美術館 8.パブロ・ピカソ《酒場の二人の女》1902年 油彩、カンヴァス ひろしま美術館 © 2026 - Succession Pablo Picasso - BCF (JAPAN)
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日本初公開!
《カフェ・デ・ザンコエラン》
と
バルセロナの芸術家グループ
「クアトラ・ガッツ
(四匹の猫)」19世紀末、バルセロナで誕生した芸術家グループ「クアトラ・ガッツ(Quatre Gatz、四匹の猫)」は、カザス、ルシニョル、ロメウ、ウトリーリョの4人によって結成されました。彼らは1896 年、パリの前衛的なキャバレー〈シャ・ノワール〉に倣い、グループと同名のカフェを開店。芸術家や知識人が集う文化拠点として人気を博しました。店内では絵画やポスターの展示、演劇や音楽など多彩な芸術活動が展開され、バルセロナの現代美術運動「ムダルニズマ」を牽引。アール・ヌーヴォーの影響を受けたデザインや装飾も特徴で、建築から工芸まで幅広い分野に刺激を与えました。ピカソも若き日にこのカフェに通い、後の創作に繋がる大きな影響を受けています。
本邦初公開となる本作《カフェ・デ・ザンコエラン》は、当時パリに滞在していたルシニョルとカザスが通った“カフェ” の内部が描かれています。左端で断ち切られた人物や、飲食する男女、斜めに連なるテーブルに、ドガやロートレックの影響が感じられます。
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9.サンティアゴ・ルシニョル《カフェ・デ・ザンコエラン》1889-1890年 油彩、カンヴァス ムンサラット美術館 Museu de Montserrat. Donated by J. Sala Ardiz. 9.サンティアゴ・ルシニョル《カフェ・デ・ザンコエラン》1889-1890年 油彩、カンヴァス ムンサラット美術館 Museu de Montserrat. Donated by J. Sala Ardiz.
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「カタルーニャのロートレック」
カザスに注目!
バルセロナの至宝
《マドレーヌ》〈ムーラン・ド・ラ・ガレット〉の壁側の席に腰かけているマドレーヌ・ド・ボアギヨームは、ロートレックの作品でもモデルを務めたことがある人物です。彼女の視線の先に広がるはずの賑やかな店内は、背後の鏡に映し出される光景として描かれています。こうした構図からは、パリの都市生活を描いたマネや印象派の影響がうかがえます。
「カタルーニャ※2のロートレック」とも呼ばれるカザスのこの作品は、クアトラ・ガッツの仲間であるルシニョルとともに〈ムーラン・ド・ラ・ガレット〉に居室を構えていた時期に制作されたものです。
本作は、19世紀美術の中心地だったパリ、モンマルトルの“カフェ” 文化を伝えるとともに、それがバルセロナへと波及していくことを示す大変重要な作品です。※2 スペイン北東部・フランス国境部の、バルセロナを含む17 の自治州、カタルーニャ語圏の名称
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10.ラモン・カザス《マドレーヌ》1892年 油彩、カンヴァス ムンサラット美術館 Museu de Montserrat. Donated by J. Sala Ardiz. 10.ラモン・カザス《マドレーヌ》1892年 油彩、カンヴァス ムンサラット美術館 Museu de Montserrat. Donated by J. Sala Ardiz.
総称としての“カフェ”について
本展では、“カフェ” をカフェ=コンセール、ガンゲット、キャバレーなども含む広い意味で捉え、印象派からゴッホ、ロートレック、ナビ派、ピカソまで、芸術家が“カフェ” という場からどのように触発され、作品を生み出したかを紹介します。近代美術の揺籃場となった“カフェ” は、19 世紀フランス美術を理解するうえで欠かせないテーマです。
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カフェ
酒も含めて飲食する場所。
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ガンゲット
酒を含む飲食に加えて、
客が参加する形で踊る場所。 -
カフェ=コンセール
酒を含む飲食に加えて、演者による大衆的な歌や場を盛り上げるトークが聞ける場所。
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キャバレー
カフェ= コンセールから派生し、芸術的な活動が展開されるようになった場所。〈シャ・ノワール〉は詩の朗読、演劇、絵の展示、影絵芝居といった芸術的な活動を前面に押し出した最初のキャバレー。
触発する“カフェ”。
行き交う創造。本展に登場する“カフェ”と集った芸術家たち
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