Sophie Calle

ソフィ・カル

新型コロナウイルス感染症の広がりによって、2020年の展示が中止になってから4年。その「不在」を経て、三菱一号館美術館は現代フランスを代表する美術家ソフィ・カルとの協働を実現します。
ソフィ・カルは、制作活動を始めた1979年以降、自伝的作品をまとめた《本当の話》(1994年)、自身の失恋体験による痛みとその治癒を主題とした《限局性激痛》(1999年)など、テキストや写真、映像などを組み合わせた作品を数多く生み出してきました。また、「見ることとはなにか」を追求したシリーズ『盲目の人々』(1986年)、『最後に見たもの』(2010年)などを通して、美術の根幹に関わる視覚や認識、「喪失」や「不在」についての考察を行っています。自分自身、もしくは他者とのつながりをモティーフとし、現実と虚構のはざまを行き交う大胆で奇抜な制作は、常に驚きに満ちており、見る者の心に強い印象を残します。
本展では、ソフィ・カルの多くの作品に通底する「不在」をテーマに、作家自身や家族の死にまつわる『自伝』や、額装写真の全面にテキストを刺繍した布が垂らされ、その布をめくると写真が現れる『なぜなら』など、テキストと写真を融合した手法で構成された代表的なシリーズを紹介します。美術館における絵画の盗難に端を発したシリーズ『あなたには何が見えますか』(2013年)やピカソ(作品)の不在を示す『監禁されたピカソ』(2023年)、さらに《フランク・ゲーリーへのオマージュ》(2014年)や映像作品《海を見る》(2011年)など、ソフィ・カルの多様な創作活動をご覧いただきます。

オディロン・ルドン《グラン・ブーケ(大きな花束)》、1901年、248.3×162.9㎝、パステル/画布、三菱一号館美術館蔵
ソフィ・カル《フランク・ゲーリーへのオマージュ》、2014年、写真/テキスト/額/フランク・ゲーリー設計のガラス製花瓶
Installation photo : Douglas M. Parker, courtesy of the artist, Perrotin and Gemini G.E.L.LLC, ©Sophie Calle / © ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2024  G3622

ソフィ・カルの
《グラン・ブーケ》
Grand Bouquet

三菱一号館美術館は、19世紀末フランスの画家オディロン・ルドンによるパステル画の代表作《グラン・ブーケ(大きな花束)》を2010年に収蔵しました。縦2.5×横1.6メートルの巨大な作品は、限られた期間しか公開されず、それ以外は通常展示室内の壁の裏側で密かに保管されています。
2019年に当館を訪れたソフィ・カルは、このルドン作品の「不在」に着想を得て、美術館のスタッフやそこに携わる人々の言葉に耳を傾け、テキストとイメージが交差する自身の《グラン・ブーケ》を完成させました。彼女自身から当館に寄贈され、本展で初公開となるソフィ・カルの《グラン・ブーケ》は、美術館やコレクション、さらには美術作品そのものの「存在/不在」についての新たな問いとなる作品と言えるでしょう。
また本作の初公開に合わせて、建築家フランク・ゲーリーからカルに個展のたびに贈られた多数の花束をモティーフにした《フランク・ゲーリーへのオマージュ》もご紹介します 。

ソフィ・カル《私の母、私の猫、私の父》(『自伝』シリーズより)、2017年、写真/テキスト/額 Installation photo : Claire Dorn, courtesy of the artist and Perrotin
©Sophie Calle / ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2024 G3622

《自伝》
Autobiographies

近年死去したソフィ・カルの母親、父親、そして猫にまつわる、テキストと写真によって構成された作品。身近な者あるいは自分自身の死を題材に、現実と一定の距離感を保ちつつも、見る者を私的な領域へと誘い込みます。《私の母、私の猫、私の父》(2017)では、「END(行き止まり)」を示す道路標識に最愛の人々の最期に関するテキストを添え、また《今日、私の母が死んだ》(2013)では、カルならびに母親の日記から引用したフレーズと、横たわった彫刻を結びつけています。

ソフィ・カル《海を見るー老人》(部分)、2011年、ヴィデオインスタレーション(3分11秒)、映像:キャロリーヌ・シャンプティエ Courtesy of the artist and Perrotin
©Sophie Calle / ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2024 G3622

《海を見る》
Voir la mer

ソフィ・カルが長年にわたって追究してきた「視覚」や「認識」に関する作品のひとつで、トルコ・イスタンブールで、老若男女14人が初めて海を見る瞬間を捉えた映像作品。水に囲まれ、海という存在がすぐそばにあるイスタンブールという地にいながらその内陸部に住み続け、生まれてから一度も海を見ることがなかった貧困層の存在を知ったことが契機となって制作されました。

ソフィ・カル《フェルメール「合奏」》(『あなたには何が見えますか』シリーズより)、2013年、写真/テキスト/額 Installation photo : Claire Dorn, courtesy of the artist and Perrotin ©Sophie Calle / ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2024 G3622

《あなたには何が見えますか》
Que voyez-vous?

1990年3月18日、ボストンのイザベラ・スチュアート・ガードナー美術館からレンブラントやフェルメール、マネらの作品が盗まれた事件が起きました。盗難にあった作品のうち数点は額縁だけが残されていました。1994年、それら空になった額縁だけが作品がもとあった場所に置かれたことで、絵画の「不在」はさらに強調されることになりました。この状況に着想を得て、カルは本作の制作にあたり、美術館の学芸員や警備員、そして来館者に、この額縁のなかに「何が見えるか」と問いかけています。

ソフィ・カル《パブロ・ピカソ「浴女たち」、1918年夏》(『監禁されたピカソ』シリーズより)、2023年、写真/額 Installation photo : Claire Dorn, courtesy of the artist and Perrotin ©Sophie Calle / ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2024 G3622

《監禁されたピカソ》
Les Picasso confinés

2023年、パリのピカソ美術館はピカソ没後50周年を記念するアーティストとしてソフィ・カルを招聘しましたが、カルが構想したのはピカソ「不在」の展覧会でした。本作は、ピカソ美術館の休館中に、作品保護のため紙にくるまれたピカソの絵画を見たカル自身が、その様子を写真に収めたものです。わずかに見えるタイトルから作品の存在を窺い知ることができるものの、作品そのものは覆い隠され、閉じ込められているかのようです。

ソフィ・カル《北極》(『なぜなら』シリーズより)、2018年、写真/刺繍された布/額 Installation photo : Claire Dorn, courtesy of the artist and Perrotin ©Sophie Calle / ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2024 G3622

《なぜなら》
Parce que

額装された写真の前面にテキストが刺繍された布が垂らされ、その布をめくると隠されていた写真が現れます。布に刺繍された「Parce que(なぜなら)」から始まるテキストは、なぜこのイメージが存在するのか、なぜ作家がこの特定の瞬間や場所を選んだのかを説明しています。写真の存在理由がイメージを見る前にすでに示されるというこのユニークな作品は、イメージを「見る」行為や、テキストとイメージの関係性に疑問を投げかけます。