館長対談
館長対談 vol.15
ゲスト
浜美枝さん
展覧会後は、カフェでワインをいただいて余韻に浸ります。
これが、わたしのいちばん好きな美術館での過ごし方
— 浜美枝
フィリップス・コレクションは、創立者フィリップス・ダンカンの
個人的な好みが出ていて面白い
— 高橋館長
高橋10月17日から三菱一号館美術館で始まる「フィリップス・コレクション展」では、浜さんが衝撃を受けたゴッホの作品もやってきます。残念ながら《馬鈴薯を食べる人々》ではありませんが。
浜ワシントンのフィリップス・コレクションは、うかがったことがないので、とても楽しみにしています。小じんまりした邸宅美術館のイメージも、三菱一号館美術館と少し似ていますね。それにキャッチコピーも「全員巨匠!」なんて、ますます楽しみ。
高橋たしかにこの展覧会では、有名画家の絵が来ますが、出品作自体はあまり知られていないかもしれません。それは、コレクションの性格によるものです。かなり個人的な好みが出ているコレクションなんですよ。コレクションの成立背景というのは、とても重要です。たとえば上野の国立西洋美術館のコレクションは、松方幸次郎という明治の実業家の収集品が基礎になっています。松方幸次郎は、明治の元勲で総理大臣も務めた松方正義の三男で、神戸の川崎造船所の初代社長でもあります。そんな彼が美術を収集した情熱の源は、日本に美術館を造って、若い画家たちに本物の西洋美術を見せてやりたいという想いからでした。だからこそ、絵画や彫刻、タペスリーや家具に至るまで、幅広いジャンルのコレクションが形成されたのです。つまり単に個人の楽しみのためのコレクションなのではなく、社会のためのコレクションであるということ。これはこれで、素晴らしいことです。
浜ほんとうに、そうですね。
高橋いっぽうでフィリップス・コレクションは、徹頭徹尾、創立者であるフィリップス・ダンカンの好みが貫かれています。だからこそ、いい意味での偏りがあって、別の面白みがあるんです。
浜いつも感じるのですが、三菱一号館美術館の展覧会って、素人のわたしが観ても、とてもユニークなものが多いと思うんです。ぜひ、高橋館長に展覧会をつくり上げる際のこだわりをお聞きしたいです。
高橋そうですね、展覧会を開催するにあたっては、さまざまな要素が絡んでくるんですが、まずはここの場、つまり一号館の建物となにがいちばんシンクロするかを考えます。この決して広くない空間にふさわしい、小さいサイズのプライベートな感覚を感じられる作品がいいなとか、オフィス街の真ん中に建つ美術館だから、周りの働く人たちが楽しめる作品がいいなとか。それから、一号館の建物が造られた19世紀末という時代も、大きなテーマのひとつです。やはり同じ時代の空気を吸った作品と建物は、しっくり合うんですよ。
浜「ルドン―秘密の花園」展にお邪魔した際には、ルドンという画家の人となりが浮かび上がってきて、とても感動しました。作品の並べ方ひとつとってみても、ここでお子さんを亡くしたのねとか、画家の人生のターニングポイントまで見えてきて、まるで1本の映画や舞台を見ているような気にすらなりました。
高橋それは嬉しい! 僕は展覧会のテーマ選びや作品の並べ方、いわゆるキュレーションは、お芝居や映画のようなものだと思っているんです。
浜お芝居や映画と同じ?
高橋展示作品は、箱から出した順にただ並べているわけじゃないんです(笑)。作品それぞれの相互関係を考えて、物語を編むように組み立てています。でも、もちろん僕ひとりで作り込むことはできません。当館は幸いなことに優秀なスタッフが揃っているので、ここまでなんとかやってこられました。ルドン展で感じてくださったことは、浜さんが僕らの組み立てた物語のシナリオの意図をきちんと読み取ってくださったという証。ちゃんと伝わっているんだと思うと、とても嬉しいです。
浜なるほど、納得です。しかもこちらの美術館は、ロケーションも抜群ですもの。展示室にうかがう前、つまり“観劇”をする前から素敵なプロローグが始まっています。今日も少し早めに到着して、コーヒーをいただいてからうかがいました。展覧会を観たあともカフェに立ち寄れば、ワインをいただきながら余韻に浸ることができます。これが、わたしのいちばん好きな美術館での過ごし方です。