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三菱一号館美術館

館長対談

館長対談 vol.14

ゲスト

雨宮塔子さん

館長対談 vol.14ゲスト 雨宮塔子さん

ジュエリーに宿る人々の深き想い

「ショーメ 時空を超える宝飾芸術の世界 1780年パリに始まるエスプリ」展の開催に先立って行われた館長対談のゲストは、フリーキャスターであり、エッセイストとしても活躍する雨宮塔子さん。長くパリに暮らし、西洋美術も学ばれた雨宮さんに、フランス人や女性にとってのジュエリーの関係をうかがうと、文化や歴史を内包するジュエリーの奥深い魅力が見えてきました。

ナポレオンの二人の妃ジョゼフィーヌとマリー=ルイーズは、ショーメのミューズ
— 高橋館長

ナポレオンが贈ったジョゼフィーヌとマリー=ルイーズへのプレゼントを比べて見たい!
— 雨宮塔子

高橋本日はようこそ、おいでくださいました。雨宮さんにお目にかかるのは、初めてですが、ちょっとしたご縁があるんです。

雨宮本日はお招きいただきありがとうございます。そうなんですか?

高橋ええ。詩人の義父(故・大岡信)や小説家の義兄(大岡玲)が、雑誌『文學界』の元編集長でいらっしゃる雨宮さんのお父様と親しくさせていただいていました。とくに義父は、塔子さんがキャスターで出られた時には、感慨深そうに「雨宮君のお嬢さんか……」と、テレビ画面を見つめていたそうですよ。また、じつはわたしは、パリの市内で、路線バスに乗ってらっしゃる雨宮さんの姿を何度もお見かけしているんです。

雨宮えっ? そうだったんですね。自分で運転していないとしたら娘の習い事の送り迎えのときかしら? わたし、相当ラフな恰好をしていませんでしたか?(笑)

高橋いえいえ、まったく。お美しかったです。

雨宮よかった(笑)。

高橋6月28日から、三菱一号館美術館では「ショーメ 時空を超える宝飾芸術の世界 1780年パリに始まるエスプリ」展を開催します。今日はパリで西洋美術を学ばれ、また、パリでの暮らしも長くご経験されている雨宮さんと、パリとジュエリーをテーマにお話しできたらと思っています。

雨宮ショーメは、ヴァンドーム広場12番地に並ぶハイ・ジュエリーのメゾンのなかでもとりわけ別格といった印象です。そのショーメの展覧会とは、とても楽しみですね。

高橋ショーメは、ヴァンドーム広場のハイ・ジュエリーのブランド各店の中でも、1780年からの歴史をもつ、各段に古いメゾンです。近年、ジュエリーをテーマにした展覧会は日本でも割と開催されていますが、ショーメはフランス国外ではほとんど展覧会が企画されていないんですよ。昨年、北京の紫禁城で開かれたのが初めてです。

雨宮紫禁城ですか。やはり場所を選ぶんですね。

高橋わたしも観に行きましたが、紫禁城のインペリアルな雰囲気が展示作品と実に合っていました。三菱一号館美術館は、紫禁城とはスペースの規模も内装もまったく異なるので、また違った印象の展覧会になると思います。

雨宮実はわたし、ショーメのサロンに取材でうかがったことがあるんです。

高橋ヴァンドーム広場の?

雨宮ええ。ショパンが最期のときを過ごしたという、あの場所です。ティアラが並ぶサロンも見せていただきました。

高橋あの2階に上がられたんですね。壁に豪華なティアラのモデルが、ずらーっと並んでいる様は壮観ですよね。

雨宮はい。自分が場違いな感じがしてしまうほど、キラキラな場所でした。ほんとうに格が違うんだなと思いましたね。フランスの王侯貴族が注文してきたメゾンの歴史の重みを感じました。ショーメは単にジュエリーブランドという枠を超えた、フランスの豊かな文化や歴史の香りがします。

高橋ナポレオン1世が盛り立てたメゾンでもありますし、ナポレオンの二人の妃ジョゼフィーヌとマリー=ルイーズは、ショーメのミューズでもありました。今回の展覧会でも、テーマごとに、ショーメがフランスの文化と趣味の歴史に及ぼした影響を感じていただける内容になると思います。

雨宮今回はナポレオンがジョゼフィーヌへプレゼントした作品も展示されるのですか?

高橋もちろんです。フランスのカルチャーや美学の発展において、ジョゼフィーヌはとても重要な人物です。彼女のセンスはとても優れていたので、ジョゼフィーヌが好んだメゾンというだけで、「やるな!」っという感じがします。そしてなにより、ナポレオンは、彼女をとても愛していましたから。

雨宮そう! わたしも、ずっとそう思っているんです。ナポレオンは、ジョゼフィーヌと別れて、マリー=ルイーズを2番目の妻に迎えましたが、わたしは、ナポレオンが生涯愛したのはジョゼフィーヌただ一人だと確信しています。ナポレオンが流刑になった際、ジョゼフィーヌに送った最後の手紙にも、「生涯あなたのことを思いつづけるだろう」と綴ったくらいですから。

高橋ジョゼフィーヌは、ナポレオンにとって、芸術的センスに溢れた理想の女性であったと同時に、甘やかしてくれる姉さん女房でもあったのでしょうね。マリー=ルイーズとは政略結婚でしたし。でも、ジョゼフィーヌとのあいだには、子どもができなかった……。

雨宮一国の皇帝ともなれば、世継ぎの存在は必須ですしね。ジョゼフィーヌとマリー=ルイーズへのプレゼントとなった作品を比べて拝見したいです。ナポレオンがそこに込めた想いが違うはずだから!

高橋そうですね。でも並べて展示したら、ちょっと意地悪かもしれませんね(笑)。ジョゼフィーヌはインドのショールを集めたり、バラの品種改良に夢中になったりと、とにかく美へのこだわりが強い人。だから、彼女のセンスはショーメの作品にもかなり反映されていると思います。雨宮さんは、フランス人と宝飾品の関係はどんなものだと思われますか?

雨宮わたしの一般的な感覚では、フランス人は日本人よりもジュエリーに対して「ハレ感」がないと思います。

高橋「ハレ感」とは?

雨宮日本人は、ファッションに合わせたり、特別な日のために、ジュエリーを付け変えて楽しんでいる方が多い気がします。でもフランスでは、ずっと同じものを付けている。たとえばジムでプールに入るときも外さないんです。

高橋それは面白いですね。

雨宮赤ちゃんのときにおばあさまから贈られたものを肌身離さず付けている方もいるぐらいです。身を飾る宝飾品というより、人の想いが宿っているものという感じです。

高橋わたしも、マテリアルなもの、つまり財産として受け継がれていくものだと感じた経験があります。わたしは小学生の頃、横浜―マルセイユ間に定期航路があった時代に、両親と共に船で日本からフランスに旅しました。まさに時はベトナム戦争のさなか。サイゴンで避難民が沢山乗り込んできたんです。避難民といっても、中産市民以上の比較的裕福なひとたちです。そのとき、彼らが宝石をたくさん身に着けていたんですよね。あぁ、宝石というものは、命のひとつ手前まで付き合うものなんだなと思いました。

雨宮泥棒が多いからかもしれませんが、ヴァカンス前にはみんな宝石を銀行の金庫に預けていくのもフランスならではですよね。

高橋それはよく聞きます。

雨宮フランス人にとってのジュエリーは、日本人が考えるよりも、もっと近しい存在なんだと思います。長い時間をかけて体に馴染ませていって、いつしか体の一部のようになる。日本人はここぞというときのために、宝石箱にとっておくけれど、フランスの人たちにとっては、いつも身近にある「お守り」のような存在なのかもしれません。

高橋たしかに、それは、邪気や悪霊を祓うという、もともとの宝石の起源にも近い話ですね。

館長対談

館長対談 vol.14

ゲスト 雨宮塔子 さん

ジュエリーに宿る人々の深き想い

「ショーメ 時空を超える宝飾芸術の世界 1780年パリに始まるエスプリ」展の開催に先立って行われた館長対談のゲストは、フリーキャスターであり、エッセイストとしても活躍する雨宮塔子さん。長くパリに暮らし、西洋美術も学ばれた雨宮さんに、フランス人や女性にとってのジュエリーの関係をうかがうと、文化や歴史を内包するジュエリーの奥深い魅力が見えてきました。

ナポレオンの二人の妃ジョゼフィーヌとマリー=ルイーズは、ショーメのミューズ
高橋館長

ナポレオンが贈ったジョゼフィーヌとマリー=ルイーズへのプレゼントを比べて見たい!
雨宮塔子

高橋本日はようこそ、おいでくださいました。雨宮さんにお目にかかるのは、初めてですが、ちょっとしたご縁があるんです。

雨宮本日はお招きいただきありがとうございます。そうなんですか?

高橋ええ。詩人の義父(故・大岡信)や小説家の義兄(大岡玲)が、雑誌『文學界』の元編集長でいらっしゃる雨宮さんのお父様と親しくさせていただいていました。とくに義父は、塔子さんがキャスターで出られた時には、感慨深そうに「雨宮君のお嬢さんか……」と、テレビ画面を見つめていたそうですよ。また、じつはわたしは、パリの市内で、路線バスに乗ってらっしゃる雨宮さんの姿を何度もお見かけしているんです。

雨宮えっ? そうだったんですね。自分で運転していないとしたら娘の習い事の送り迎えのときかしら? わたし、相当ラフな恰好をしていませんでしたか?(笑)

高橋いえいえ、まったく。お美しかったです。

雨宮よかった(笑)。

高橋6月28日から、三菱一号館美術館では「ショーメ 時空を超える宝飾芸術の世界 1780年パリに始まるエスプリ」展を開催します。今日はパリで西洋美術を学ばれ、また、パリでの暮らしも長くご経験されている雨宮さんと、パリとジュエリーをテーマにお話しできたらと思っています。

雨宮ショーメは、ヴァンドーム広場12番地に並ぶハイ・ジュエリーのメゾンのなかでもとりわけ別格といった印象です。そのショーメの展覧会とは、とても楽しみですね。

高橋ショーメは、ヴァンドーム広場のハイ・ジュエリーのブランド各店の中でも、1780年からの歴史をもつ、各段に古いメゾンです。近年、ジュエリーをテーマにした展覧会は日本でも割と開催されていますが、ショーメはフランス国外ではほとんど展覧会が企画されていないんですよ。昨年、北京の紫禁城で開かれたのが初めてです。

雨宮紫禁城ですか。やはり場所を選ぶんですね。

高橋わたしも観に行きましたが、紫禁城のインペリアルな雰囲気が展示作品と実に合っていました。三菱一号館美術館は、紫禁城とはスペースの規模も内装もまったく異なるので、また違った印象の展覧会になると思います。

雨宮実はわたし、ショーメのサロンに取材でうかがったことがあるんです。

高橋ヴァンドーム広場の?

雨宮ええ。ショパンが最期のときを過ごしたという、あの場所です。ティアラが並ぶサロンも見せていただきました。

高橋あの2階に上がられたんですね。壁に豪華なティアラのモデルが、ずらーっと並んでいる様は壮観ですよね。

雨宮はい。自分が場違いな感じがしてしまうほど、キラキラな場所でした。ほんとうに格が違うんだなと思いましたね。フランスの王侯貴族が注文してきたメゾンの歴史の重みを感じました。ショーメは単にジュエリーブランドという枠を超えた、フランスの豊かな文化や歴史の香りがします。

高橋ナポレオン1世が盛り立てたメゾンでもありますし、ナポレオンの二人の妃ジョゼフィーヌとマリー=ルイーズは、ショーメのミューズでもありました。今回の展覧会でも、テーマごとに、ショーメがフランスの文化と趣味の歴史に及ぼした影響を感じていただける内容になると思います。

雨宮今回はナポレオンがジョゼフィーヌへプレゼントした作品も展示されるのですか?

高橋もちろんです。フランスのカルチャーや美学の発展において、ジョゼフィーヌはとても重要な人物です。彼女のセンスはとても優れていたので、ジョゼフィーヌが好んだメゾンというだけで、「やるな!」っという感じがします。そしてなにより、ナポレオンは、彼女をとても愛していましたから。

雨宮そう! わたしも、ずっとそう思っているんです。ナポレオンは、ジョゼフィーヌと別れて、マリー=ルイーズを2番目の妻に迎えましたが、わたしは、ナポレオンが生涯愛したのはジョゼフィーヌただ一人だと確信しています。ナポレオンが流刑になった際、ジョゼフィーヌに送った最後の手紙にも、「生涯あなたのことを思いつづけるだろう」と綴ったくらいですから。

高橋ジョゼフィーヌは、ナポレオンにとって、芸術的センスに溢れた理想の女性であったと同時に、甘やかしてくれる姉さん女房でもあったのでしょうね。マリー=ルイーズとは政略結婚でしたし。でも、ジョゼフィーヌとのあいだには、子どもができなかった……。

雨宮一国の皇帝ともなれば、世継ぎの存在は必須ですしね。ジョゼフィーヌとマリー=ルイーズへのプレゼントとなった作品を比べて拝見したいです。ナポレオンがそこに込めた想いが違うはずだから!

高橋そうですね。でも並べて展示したら、ちょっと意地悪かもしれませんね(笑)。ジョゼフィーヌはインドのショールを集めたり、バラの品種改良に夢中になったりと、とにかく美へのこだわりが強い人。だから、彼女のセンスはショーメの作品にもかなり反映されていると思います。雨宮さんは、フランス人と宝飾品の関係はどんなものだと思われますか?

雨宮わたしの一般的な感覚では、フランス人は日本人よりもジュエリーに対して「ハレ感」がないと思います。

高橋「ハレ感」とは?

雨宮日本人は、ファッションに合わせたり、特別な日のために、ジュエリーを付け変えて楽しんでいる方が多い気がします。でもフランスでは、ずっと同じものを付けている。たとえばジムでプールに入るときも外さないんです。

高橋それは面白いですね。

雨宮赤ちゃんのときにおばあさまから贈られたものを肌身離さず付けている方もいるぐらいです。身を飾る宝飾品というより、人の想いが宿っているものという感じです。

高橋わたしも、マテリアルなもの、つまり財産として受け継がれていくものだと感じた経験があります。わたしは小学生の頃、横浜―マルセイユ間に定期航路があった時代に、両親と共に船で日本からフランスに旅しました。まさに時はベトナム戦争のさなか。サイゴンで避難民が沢山乗り込んできたんです。避難民といっても、中産市民以上の比較的裕福なひとたちです。そのとき、彼らが宝石をたくさん身に着けていたんですよね。あぁ、宝石というものは、命のひとつ手前まで付き合うものなんだなと思いました。

雨宮泥棒が多いからかもしれませんが、ヴァカンス前にはみんな宝石を銀行の金庫に預けていくのもフランスならではですよね。

高橋それはよく聞きます。

雨宮フランス人にとってのジュエリーは、日本人が考えるよりも、もっと近しい存在なんだと思います。長い時間をかけて体に馴染ませていって、いつしか体の一部のようになる。日本人はここぞというときのために、宝石箱にとっておくけれど、フランスの人たちにとっては、いつも身近にある「お守り」のような存在なのかもしれません。

高橋たしかに、それは、邪気や悪霊を祓うという、もともとの宝石の起源にも近い話ですね。