館長対談
館長対談 vol.16
ゲスト
森村泰昌さん
ラファエル前派の魅力、再発見!
ゴッホの自画像を皮切りに、セルフポートレイト写真の手法を使って、これまでに多くの名画の登場人物を表現してきた現代美術家・森村泰昌さん。ロセッティやバーン=ジョーンズらの作品にも扮したご経験のある森村さんに、ラファエル前派の魅力をうかがうと、森村さんだから知り得る新たな発見が次から次へと飛び出しました。
ラファエル前派の作品って、日本の少女マンガの世界につながる気がします
— 森村泰昌
文学との親和性も高いところが日本人好みなのかもしれません
— 高橋館長
高橋今日はようこそおいでくださいました。3月14日から当館で「ラファエル前派の軌跡」展が始まります。
ロセッティらラファエル前派の作品を、セルフポートレイト作品のモティーフとされたご経験のある森村さんと、ぜひラファエル前派についてお話ししたいと思い、お招きしました。
森村僕がラファエル前派の作品に扮したセルフポートレイトを制作したのは、もう30年近くも前、1991年のことです。当時、イギリスと日本の現代アートを紹介する「A CABINET OF SIGNS」という展覧会がイギリスで開催されることになり、僕も参加させていただきました。
最初の巡回先がテイト・ギャラリー(現テイト)の分室であるリヴァプール・テイトだったので、テイトのコレクションを使って新作を作ろうということになったんです。
高橋テイトはさまざまなコレクションを有していますが、そのなかでラファエル前派の作品に着目されたのは、どうしてだったのですか?
森村なぜか日本とラファエル前派の世界観がつながったんです。彼らの作品って、ひと昔前の少女マンガの世界に近い気がするんです。神話的な世界や愛と死というテーマ、そして登場人物の描き方なんかも。
たぶんラファエル前派の絵って、日本人が好きなタイプの作品じゃないですか?
高橋ええ、そうなんです。そういえば夏目漱石も“ラファエル前派推し”でした。小説『草枕』ではミレイの代表作《オフィーリア》を、『三四郎』ではウォーターハウスの《人魚》を登場させています。純粋に美しいだけではなく、文学との親和性も高い。そういうところが日本人好みなのかもしれません。
森村僕はラファエル前派にはちょっと思い出があるんです。デザイン科に通っていた大学生の頃のことです。70年代半ば後半にかけての当時、グラフィック界には、田中一光さんや横尾忠則さんというスーパースターがいらっしゃって、僕もあこがれていました。
ところがうちの大学のグラフィック・デザインの先生方は、全然ちがう世界をやってらしたんです。僕の先生のさらにその師匠が、ウィーン工房のヨーゼフ・ホフマンのもとで学ばれていた関係で、ラファエル前派のウィリアム・モリスなどがご専門でいらした。でも当時の僕はそのよさが分からなくて、ちょっと古臭いなとか、もっと最新のものをやりたいとか思っていたんです。
ただ、機械を使った大量生産のものとは違う、いわゆるハンドメイド的な発想の仕方が少し気にかかってはいたのですが……。
高橋その森村さんが、20年後にまさかラファエル前派の作品に扮することになるなんて、人生分からないですね。
森村ええ、ほんとうに。
その後、試行錯誤していくなかで、絵本作家を目指していた時期がありました。学生時代にやりたいと思っていたモダンアートは、物語的な世界を徹底的に排除していく芸術ですが、それと正反対の方向です。絵本は物語と絵の世界を組み合わせたものでしょう。
ラファエル前派も非常に物語性が強い。学生時代の講義の記憶が僕の精神形成の土台にあったのかもしれませんね。そして1991年になって、大げさにいうと改めてラファエル前派と向き合うことになったというわけです。
高橋なるほど。それは夏目漱石が惹かれた世界観とも符号しますね。
森村ラファエル前派の作品が目に留まったもうひとつの理由は、確実に彼らは制作する際に写真を使っているだろうと思ったからです。
写真を使って絵を描くのと、僕のように絵を使って写真作品を制作するのはアプローチの仕方は真逆ですが、結構相性がいいんですよ。だから、できるかもしれないと思ったんです。