展示構成

CHAPTER Ⅰ

「外国人のナビ」ヴァロットン
ー木版画制作のはじまり

1865年、ローザンヌに生まれたヴァロットンは、1882年に16歳の若さでパリに出てアカデミー・ジュリアンで学び、サロンに肖像画等を発表します。当初ヴァロットンはドライポイントやエッチングにより、身近な家族や知人、敬愛する過去の巨匠の模写等を制作しました。1891年、友人で師でもあった画家シャルル・モランらからの手解きを受け、初めて木版画に着手します。初期の木版画は、粗い線描によって、敬愛する人物やスイスの山並みなどが描き出されています。1892年、『芸術と思想』誌での紹介記事や薔薇十字会展への参加を経て、ヴァロットンの木版画はフランスのみならずヨーロッパ中で話題となりました。複製のための版画ではない、芸術家による創作版画(エスタンプ・オリジナル)の機運が高まるなか、木版画復興の立役者の一人となったのです。

眠る画家の母、横顔
《眠る画家の母、横顔》1887年
ドライポイント、紙 9.5×12.2cm
三菱一号館美術館
美しい夕暮れ
《美しい夕暮れ》 1892年 木版、紙
23×31.8cm 三菱一号館美術館
ユングフラウ
《ユングフラウ》 1892年 木版、紙
14.4×25.5cm 三菱一号館美術館
《1月1日》のための版木
《1月1日》のための版木
フェリックス・ヴァロットン財団、ローザンヌ
© Fondation Félix Vallotton, Lausanne

CHAPTER Ⅱ

パリの観察者

スイスから出てきたヴァロットンにとって、華やかな時代を迎えたパリの街は観察の対象に事欠かなかったことでしょう。街路や公園などをそぞろ歩き、同時代の流行にも敏感に反応しています。とはいえ、もっとも画家の関心を引いたのは、「群集」や社会の暗部を露呈する事件であり、それらを皮肉やユーモアを込めて描き出しました。
ヴァロットンはリアルなパリの描写を通じて、斬新な視点とフレーミング、モティーフの単純化やダイナミックな人物表現など、木版画に独自の境地を切り開きます。初期の木版画が「線的」な表現を主としていたのに対し、次第に対象を黒い塊として捉える傾向が高まっていきました。 こうした木版画での探求は、平行して行われた絵画制作や雑誌挿絵の仕事にも影響を与えました。

にわか雨
《にわか雨》1894年
木版、紙 18.2×22.6cm 三菱一号館美術館
罪と罰
『罪と罰』1901年
23点の多色刷りリトグラフ
(うち1点は表紙)
27.3×20.6cm
三菱一号館美術館
難局
《難局》1893年
木版、紙 22.5×18cm
三菱一号館美術館
公園、夕暮れ
《公園、夕暮れ》1895年
油彩、厚紙 18.5×48.5cm 三菱一号館美術館

CHAPTER Ⅲ

ナビ派と同時代パリの芸術活動

木版画によって時の人となったヴァロットンは、1893年初め、パリの若い前衛芸術家たちのグループ「ナビ派」に遅れて仲間入りしました。版画集『レスタンプ・オリジナル』に参加したほか、文芸雑誌『ラ・ルヴュ・ブランシュ』のサークルに出入りし、挿絵の仕事をするとともに、パリの芸術的・文化的な前衛エリートたちの世界にも交わるようになります。 この頃の版画作品は主題にナビ派との共通性が見られ、アール・ヌーヴォーの美学に近似した曲線による装飾性が特徴です。しかしながら、ボナール、ヴュイヤール、ルーセル、ドニらが主に多色刷りのリトグラフ(石版画)を手掛けたのに対して、ヴァロットンは黒一色の木版画にこだわり続けます。とりわけ「仮面」とも称された芸術家や著名人の肖像シリーズでは、モノクロームの色彩によって人物の特徴や内面性までも浮き彫りにしています。

シューマンに捧ぐ
《シューマンに捧ぐ》1893年
木版、紙 15.3×12.3cm
三菱一号館美術館
3人の浴女
《3人の浴女》1894年
木版、紙 18.2×11.1cm
三菱一号館美術館
版画愛好家
《版画愛好家》1892年
木版、紙 18.6×25.2cm 三菱一号館美術館

CHAPTER Ⅳ

アンティミテ : 親密さと
裏側の世界

ヴァロットンは、1894年頃から室内画を多く描きましたが、曖昧なトーンのない黒と白の木版画ほど、密室の緊張感や謎めいた空気をよく表すものはありませんでした。 連作〈楽器〉や《怠惰》を初めとした親密な室内情景において、対象は極限まで単純化され、黒地にわずかな白で暗示的に描かれる装飾的な調度品がアクセントとなっています。
私生活では1899年、大画廊ベルネーム=ジュヌの娘ガブリエル・ロドリーグ=アンリークと結婚し、友人関係にも変化が訪れました。1898年に限定30部で刊行された連作〈アンティミテ〉は、ヴァロットン版画の真骨頂を示す作品です。男女関係と結婚生活の不協和音が奏でられる10の場面では、大部分が黒い平塗りの面に侵食され、黒と白のコントラストを生むアラベスクの装飾的効果は最高潮に達しています。

怠惰
《怠惰》1896年
木版、紙 17.8×22.1cm 三菱一号館美術館
ポーカー
《ポーカー》1896年
木版、紙 17.8×22.4cm 三菱一号館美術館
フルート(楽器 Ⅱ)
《フルート(楽器 Ⅱ)》1896年
木版、紙 22.4×18cm
三菱一号館美術館
お金(アンティミテ Ⅴ)
《お金(アンティミテ Ⅴ)》1898年
木版、紙 17.9×22.6cm 三菱一号館美術館

CHAPTER Ⅴ

空想と現実のはざま

結婚を機に経済状況が好転したヴァロットンは、絵画制作のみに打ち込むと決意する一方、時折、雑誌挿絵や愛書家たちのため、また自身の評価の確立のために版画に取り組みました。文学や詩との結びつきが契機となって、挿絵の世界で新たな表現を生み出していきました。神話や物語など空想的世界の描写においても画家特有の辛辣さが見て取れます。
第一次世界大戦の勃発は、再びヴァロットンを木版画制作へと駆り立てました。年齢制限によって兵士としての入隊こそ叶いませんでしたが、1917年には従軍画家として前線に赴き、執筆活動も活発に行いました。名声を得る一方で、様々な葛藤とともに健康状態の悪化にも苦しめられた後半生において、連作〈これが戦争だ!〉は悲劇的な現実への画家のマニフェストと言えるでしょう。

夜
《夜》1895年
木版、紙 17.9×22.2cm 三菱一号館美術館
警戒
《警戒》1895年
木版、紙 17.9×22.4cm 三菱一号館美術館
歩道橋(万国博覧会Ⅴ)
《歩道橋(万国博覧会Ⅴ)》1900年
木版、紙 12.4×15.9cm 三菱一号館美術館
愛書家
《愛書家》1911年
木版、紙 22.3×17.5cm
三菱一号館美術館

作品はすべてフェリックス・ヴァロットン作