館長対談

館長対談 vol.20

ゲスト

平野信行さん

館長対談 vol.20ゲスト 平野信行さん

※この対談は、2020年7月8日に開幕を予定していた「三菱の至宝展」に合わせて、2020年3月に行われたものです。「三菱の至宝展」開催は、2021年6月30日~9月12日に延期となりました。

三菱の社会貢献の足跡、そしてアートの未来

「館長対談」第20回目となる今回は、三菱UFJフィナンシャル・グループ会長の平野信行さんをゲストにお迎えし、開館10周年を迎えた三菱一号館美術館の歩みを振り返るとともに、7月8日※に開幕する三菱創業150周年記念の展覧会「三菱の至宝展」についてもお話しいただきました。
かつて美学者を夢見たこともあるという美術愛好家でもある平野さんと高橋館長が論じる、美術を通じた社会貢献のお話は、これからのアートや美術館の未来を明るく灯す、希望に満ちたものとなりました。
※「三菱の至宝展」は会期変更により、2021年6月30日に開幕。

これまでの展覧会で平野さんの印象に残っているものはありますか?
— 高橋館長

いくつもあるので、迷ってしまいます
— 平野信行

高橋お陰さまで、2020年4月6日に三菱一号館美術館は、開館10周年を迎えることができました。これまで32本の展覧会を開催してきましたが、平野さんの印象に残っているものはありますか?

平野いくつもあるので、迷ってしまいますね。まず個人的には、「カンディンスキーと青騎士」(2010年11月23日〜2011年2月6日)を挙げたいです。

高橋ほお、なかなか渋いところからですね(笑)。

平野私は音楽好きなんです。ミュンヘンのレンバッハハウスで、オーストリアの作曲家・シェーンベルクの曲に感動したカンディンスキーが描いたという《印象Ⅲ(コンサート)》を見ているんですよ。その作品と三菱一号館美術館で32年ぶりの再会を果たしました。当時の記憶が蘇り、とても懐かしく、うれしかったです。

高橋ご存知のように、《印象Ⅲ(コンサート)》はカンディンスキーの代表作のひとつです。あの展覧会の目玉作品でもありました。

平野初めて一号館美術館で《グラン・ブーケ(大きな花束)》が展覧された「ルドンとその周辺―夢見る世紀末」(2012年1月17日〜3月4日)も忘れられませんね。ルドンはもともと好きな画家のひとりでした。黒の時代の初期作品も素晴らしいし、晩年に近づくにつれてさまざまな色彩が生まれてくる変遷も、目に美しく映り、楽しく拝見しました。

高橋《グラン・ブーケ》が当館のコレクションに加わったのは、この10年の美術館の歩みのなかで、大きな成果だったと思います。

平野高橋さんは、《グラン・ブーケ》を「曼荼羅のようだ」とおっしゃっていたことがありますよね。

高橋はい。当館での初公開は、東日本大震災から10ヶ月後のことでしたが、作品の前で祈るようにたたずんでいる方々が少なくなかったんです。その姿を見ているうちに、《グラン・ブーケ》に、祈念画に寄せるような特別な感情を覚えるようになりました。まるで一号館美術館の本尊のようだなと。

平野同感です。あの作品は、宇宙的な広がりをもっていますよね。この美術館のものになったのは、私もとても誇らしく思います。

高橋そう言っていただけると本望です。

平野「画鬼・暁斎―KYOSAI 幕末明治のスター絵師と弟子コンドル」(2015年6月27日〜9月6日)も印象に残っていますね。

高橋当館では比較的珍しい、日本の画家をテーマとした展覧会でした。これもひとつの挑戦でしたね。

平野私は、いわゆる奇想の画家の系譜も好きなのですが、まさか三菱を創業した岩崎家と親交のあったコンドルが暁斎の弟子だったとは、この展覧会が開かれるまで知りませんでした。

高橋ええ、知る人ぞ知るネタでした(笑)。

平野コンドルは、三菱一号館をはじめ、岩崎家のゆかりの建物をいくつも設計していますが、そのなかのひとつ、開東閣(旧岩崎家高輪別邸。三菱グループの迎賓館のような役割を担っている。本施設は非公開。)は、私どもの仕事場でもあります。そんなコンドルと暁斎が結びつくとは、思いもしませんでした。三菱一号館美術館で開催する深い意義を噛み締めた展覧会でした。

高橋当館ならではの展覧会ができたと思います。

平野でも、やはりいちばん印象に残っているのは、オープニングを飾った「マネとモダン・パリ」(2010年4月6日〜7月25日)ですね。都市のなかの美術館として、三菱一号館美術館を印象づけた展覧会だと思います。

高橋私は美術史家である前に、個人的にもマネという画家がとても好きなので、この展覧会で新しい美術館の船出を飾れたことは、ほんとうにうれしく思っています。マネはパリの都市生活と密接な関わりのある画家です。三菱地所が運営している当館は、丸の内を盛り上げていくというミッションも担っていたので、そんなメッセージも発信できるのではないかと思い、オープニング展にマネを選びました。

平野一号館美術館は都市、とくにビジネス街のなかで、アートを、美術館をどう捉えるかという大きな試みだったわけですよね。

高橋はい。それは非常に重要なテーマのひとつでした。

平野丸の内というと、以前は、週末にはシャッター街となるビジネス街でした。でも、いまや、ショッピングの場でもあり、アートを楽しめる場にもなった。平日にビジネスパーソンが闊歩する街に、休日になると家族連れや旅行者がやってきて、街がどんどん活性化されています。とても喜ばしいことです。なによりも、一号館美術館の斜向いにある私のオフィス、もっと言えば自分の座っているデスクからわずか100メートルくらいのところにマネの絵が展示されているなんて、心躍る体験でした。

高橋それは、とてもうれしい言葉ですよ! ありがとうございます。じつはマネは、日本では名前は知られていても、作品となるとあまり浸透していない画家でもあります。実際、マネ展にいらしていただいたお客様からは「とてもよい展覧会だったわね。でも『睡蓮』がなかったわね」なんて言葉も聞きました(笑)。「睡蓮」はモネの代表的な連作ですが、マネとモネを混同されている方も多い。この10年で、モネやルノワールなど日本にファンが多い画家の作品だけでなく、あまり知名度の高くないアーティストに光を当てる機会をつくれたことも、ひそかな喜びです。

平野高橋さんの企画する展覧会は、そうしたバランス感覚が素晴らしいと思いました。私にとっても美術館は、未知の画家に出会う場でもあります。

高橋平野さんは、銀行マンになる前は、美学に興味があったとうかがっていますが。

平野高校時代、受験勉強に嫌気がさしてしまった期間があって、半年近く本ばかり読んでいたんです。そんな頃に出会ったのが、小林秀雄の「美しい『花』がある、『花』の美しさという様なものはない」という言葉でした。世阿弥の能を題材にした「当麻」という短編のなかの一節です。

高橋有名な言葉ですね。

平野はい。花の「美しさ」というのは抽象的な観念であり、美しい花がリアル、実体である。つまり肉体のなかにこそ豊かさがあるということ。とてもいい言葉だと思いました。

高橋そんな美に敏感な平野さんでも、まだ未知の画家がいると。

平野もちろんです。たとえば、ヴァロットンなどは、一号館美術館の展覧会で拝見するまで知りませんでした。

高橋では「ヴァロットン―冷たい炎の画家」(2014年6月14日〜9月23日)は楽しんでいただけたでしょうか? この展覧会は予想以上の大きな反響があって、じつは我々もとても驚いたんです。

平野強く印象に残っている展覧会のひとつです。週末に家内とうかがったのですが、こんな不思議な絵を描く画家がいたんだと、驚きました。音楽家と画家とを比べると、おそらく世間に知られているのは、音楽家のほうが少なく、いまや多くの方々がさまざまな画家の名前をご存知だと思うんです。それにもかかわらず、新しい人がぽっと出てくる。そういう画家に出会うのはとてもうれしいことです。

高橋それは、音楽と美術の大きな違いかもしれませんね。作曲家の数は少ないけれど、演奏家というレベルになると、とても多くなる。つまり音楽は再生産できる芸術。でも美術、とくに絵画というものは、1点しかないですから。

平野たしかにそうですね。音楽は、作曲しただけでは終わらなくて、演奏されて完成する芸術です。

高橋絵画は、現物というのは1点しかないので、良くも悪くも絵が公開されている場所に行かないと実物を見るという体験ができません。

平野でも、だからこそ展覧会で見る価値があると思うんです。展覧会ごとにコンテクスト、つまり脈絡が異なる展示をすることによって、所蔵している美術館とはまた違った魅力をまとって作品が目に飛び込んでくる。高橋さんがこの三菱一号館美術館でおやりになったことは、まさにそこだと思います。各展覧会には、必ずしっかりとした独自のテーマがあり、多角的な切り口で練り上げられたストーリーがありました。

高橋もともと芝居とか映画が好きなので、展覧会をつくる際に意識するのはそこです。起承転結のあるストーリーがないと、伝わるものも伝わらないと思っています。

平野たとえば200年前、300年前の作曲家の曲を現代の演奏家が演奏することで、今日的になることがありますよね。そういう意味では、高橋さんは、演奏家なのかもしれませんね。さらに言えば美術館自体が演奏家なのかもしれない。そして、同時に高橋さんはコンダクターでもあり、演出家でもあったわけですね。