館長対談

館長対談 vol.18

ゲスト

太田治子さん

館長対談 vol.18ゲスト 太田治子さん

好きな絵に出会う悦び

NHK『日曜美術館』の初代アシスタントを務められた作家の太田治子さん。1枚の絵から次々とインスピレーションが湧いてくる太田さんと高橋館長が「絵を観る悦び」を語り尽くしました。

絵を好きになるというのは、人を好きになるのと同じ
— 太田治子

人に対する気持ちと同じで、好き嫌いに理屈はない
— 高橋館長

高橋本日、久しぶりにお目にかかれることをとても楽しみにしていました。いつも当館に足を運んでいただき、ありがとうございます。

太田三菱一号館美術館は、小ぢんまりとした、ほどよいスペース感がとても好きなんです。とくに近代美術を鑑賞するには、ぴったりの空間ですよね。昔からそうでしたが、高橋さんとふたりで美術のお話ができるのは、とても贅沢な時間。今日はいろいろと教えていただきたいと思っています。

高橋ありがとうございます。いわゆる「ホワイト・キューブ(白い立方体)」といわれるモダンな建築の美術館はクールな印象なので、19世紀の近代美術を鑑賞するには、少し冷たすぎる感じがします。10月30日から翌1月20日まで開催する「印象派からその先へ―世界に誇る吉野石膏コレクション」は、印象派を中心とした展覧会なので、当館との相性もいいものになると思っています。

太田吉野石膏コレクションには、どんな作品があるのかしら?

高橋建材メーカーとして名高い吉野石膏株式会社が、長年収集してきたコレクションです。70年代から日本の近代絵画、80年代後半からフランスの近代絵画を中心に収集されてきました。現在のコレクション数は、寄託作品153点を含めると、相当な数になるそうです。

太田まぁ、知りませんでした。公開はされていないのですか?

高橋作品の多くは、創業の地、山形県にある山形美術館に寄託され、その一部が常設展示されています。でも、全貌をご覧いただくのは、今回の巡回展が初めてとなります。今回は厳選された西洋美術72点をご紹介する予定です。

太田館長の目からご覧になって、作品のクオリティーはいかがですか?

高橋それが、初めて拝見した際、正直、とても驚きました。各画家のスタイルを代表する典型的な作品もありつつ、いい意味で癖があるおもしろい作品も多く含まれています。とりわけ企業などのコレクションの場合は、画商に勧められるままに購入するケースも少なくありませんが、ラインナップを見ると、ほんとうにそれぞれの絵を好きで購入されたんだということが伝わってきました。たとえば、皆さんがイメージするマリー=ローランサンの、非の打ちどころのない可愛らしい作品があるかと思えば、シャガールが描いた「えっ!?」と驚くような意外な作品など、発見と出会いに満ちた起伏のあるコレクションです。

太田絵を好きになるというのは、人を好きになるのと同じだと、わたしは思っています。好きな絵に出会うと、画家はどんな気持ちでこの絵を描いたのだろうとか、描かれているモデルはどんな人だったんだろうと、次々と知りたいことが出てきます。よく「絵のことはわからない」とおっしゃる方がいますが、きっと「わからない絵」は、その方の好みではないだけ。わたしが絵を観る基準は、わかるわからないではなく、好きかそうじゃないか。それが出発点で、そこからその絵のことをどんどん知りたくなる。そういう順番でいいんじゃないかと思うんです。

高橋ハテナがたくさん浮かんで、より深く知りたくなる。人に対する気持ちと同じで、好き嫌いに理屈はない。日本人は真面目なので、知らなくてはならないという恐れがどうしてもあって、好きだけでいいんだということがなかなか伝わらないんです。太田さんの著作『絵の中の人生』(新潮社)では、「絵は心の鏡だと思うことがある。……どの絵もじっとみつめていると、恋人のように思われてくる」と書かれていて、まさにその通りだなと。とても絵が身近に感じられる素敵なご本ですよね。

太田ありがとうございます。

高橋今回の出品作のなかで、太田さんが気になる絵はありますか?

太田たくさんありすぎて(笑)。そうですね、子どもの頃から大好きなルノワールは、やはり拝見するのがとても楽しみです。

高橋ルノワールは、太田さんが高校生の頃、ご病気をされたときに枕許に画集を置かれていたとか。

太田ええ、ルノワールが描く少女は、ふくふくしていて柔らかそうで、そのバラ色に輝くほっぺたを観ていると、自然と心が明るくなります。反対に同じ印象派でも、ドガはちょっと苦手なんです。

高橋なぜですか?

太田だって、女性に意地悪そうな絵がいっぱい。チュチュをつけた踊り子でも、あえて可愛らしく描いていないように見えるんです。高橋館長はどう思われます?

高橋とくに作品の中で女性に向けられるドガの視線は、とても冷徹ですよね。でも、晩年のドガが出てくる映画で、彼が若い踊り子をたくさんはべらせて、楽しそうにしている場面があったんです。なんとなく、気難しいことで知られる彼も実生活ではこういう一面もあったのかなと合点がいったことがありました(笑)。一方で、マネはルノワールのように女性を可愛く描こうとは決してしていないのに、彼が女性という存在を愛している感じがとても伝わってきます。

太田わたしもマネは大好きです。今回出品されるのは、《イザベル・ルモニエ嬢の肖像》という作品なんですね。描かれた方はどんな女性だったのかしら?

高橋彼女はマネが家族ぐるみで親しかった家のお嬢さんでした。晩年、身体を悪くしたマネが田舎で静養している際には、洒落たデッサンを添えた手紙をたくさん送っています。でも、かなり年下ということもあるかもしれませんが、ルモニエを描いた絵は可愛いんですが、マネが彼女を対等に見ていたとは思えないな。やはり、われわれはマネが描いたあのベルト・モリゾの肖像を知ってしまっているから……。