館長対談

館長対談 vol.15

ゲスト

浜美枝さん

館長対談 vol.15ゲスト 浜美枝さん

本物との出会いがもたらすギフト

月に2、3回は美術館や展覧会に足を運ぶという浜美枝さん。中学生時代に、柳宗悦らによって提唱された「民芸」の美に魅せられたのが、美術に関心をもつきっかけだったそうです。そんな浜さんは、三菱一号館美術館で開催された展覧会も幾度もご覧いただいています。旅行に出ると必ず美術館巡りを楽しむという浜さんと高橋館長が、縦横無尽に「本物との出会い」についてお話ししました。

人生の岐路に立ったとき、1枚の絵が導いてくれるということがあるんです
— 浜美枝

自分を“呼んでいる”絵が、必ず1枚はどこかにあるのかもしれません
— 高橋館長

高橋今日はようこそおいでくださいました。浜さんは、プライベートでよく美術館や展覧会に足を運ばれるとうかがっています。当館の展覧会にも、これまで何度もお越しくださっていますね。ありがとうございます。

わたしはいま箱根に住んでいますが、ラジオ番組の収録で月に2回は東京に出て参ります。収録のあとは美術館と映画館をはしごするのが、楽しみなんです。三菱一号館美術館は、東京駅にも近いですし、ほぼ毎回、展覧会のたびにうかがっています。

高橋とても嬉しいです。僕は、浜さんがNHKの「日曜美術館」で司会をされていた頃、よく拝見していたんです。

お恥ずかしい。もう20年以上も前のことになります。プロデューサーからお話をいただいたときは、美術に関してはまったく素人なのでお断りし続けていたんです。でも、「君はよく旅をしているでしょ。そこで本物をよく見ているわけだから、そういう話をしてくればいいよ」とおっしゃっていただいて、お引き受けしました。当時は毎回、美術史家の方をはじめ、そうそうたるゲストに個人教授を受けているような気持ちでした。

高橋浜さんのブログ『あなたに逢いたくて』では、展覧会の感想や旅先で訪れた美術館の思い出なども頻繁に綴られていらっしゃいますね。最近は、フェルメールをご覧になるために、オランダのデルフトまで行かれたとか。

わたしは、ある土地に“憑かれる”という、ちょっと不思議な習性があるようなんです(笑)。そうすると、そこに行かないと気がすまなくなってしまって。

高橋なぜデルフトに“憑かれて”しまったんですか?

もちろん、フェルメールの作品がきっかけです。フェルメールの名作《デルフト眺望》が生まれた場所をこの目で見てみたいと、飛んでいきました。

高橋果たしていかがでしたか、デルフトは?

港の近くに工場ができるなど、もちろんフェルメールが生きた17世紀のデルフトとまったく同じ景色ではありませんでしたが、午後7時過ぎの光のなか、実際にフェルメールが《デルフト眺望》を描いた場所に立ってみると、作品が体の中にストンと入って、腑に落ちた気がしましたね。

高橋そういう肌感覚は、とても大切ですよね。僕もトゥールーズ=ロートレックが幼少期を過ごした南仏のボスク城や画家たちのアトリエなどをこれまで訪ねてきましたが、そこでは画家の息遣いや素顔に触れられる気がします。ボスク城の壁には、ロートレックが小さい頃に描いた落書きや、身長を測ったときの跡なんかも残っていて、もう嬉しくなって何枚も写真を撮りました。

プロでいらっしゃる館長もそうなんですね。デルフトのあるパン屋さんでは、《牛乳を注ぐ女》に描かれているのと同じようなパンを今でも焼いているんです。フェルメールの時代から時を経ても変わらずに同じようなパンを焼き続けていることに感動しました。フェルメール一家がお金がなくて作品とパンを交換していたというストーリーを知っていたので、そのパンを見た瞬間に、すっかり舞い上がってしまいました。

高橋ずっと昔に描かれた絵画の世界がリアルな現実とつながると、作品に対する理解もより深まりますよね。浜さんが出会った絵画のなかで、とくに印象に残っている作品はありますか?

ゴッホの《馬鈴薯を食べる人々》です。

高橋それは渋い。オランダ・アムステルダムのゴッホ美術館の所蔵品ですね。ゴッホの初期作品で、皆さんが思い浮かべる青や黄色の厚塗りで描いたいわゆる“ゴッホらしい”ものとはだいぶ印象が違う。全面茶色のかなり地味な作品ですが……。

ええ、18歳のときに行ったオランダ旅行で衝撃を受けた1枚です。わたしは、中学校を卒業してすぐに女優の仕事を始めました。旅に出たときは、仕事を辞めたいと悩んでいたんです。中学生の頃に柳宗悦さんの本『民藝紀行』や『手仕事の日本』に出会ったわたしは、用の目的に誠実な「民芸」の美に強く惹かれました。女優としての実力も下地もないなかで仕事を続けるうちに、日本の手仕事や工芸の世界の勉強をしたいと思うようになっていったんです。そして、女優を辞めようと決心して、最後にひとりでヨーロッパを旅しようと出かけたんです。

高橋18歳の人気女優がヨーロッパひとり旅とは、なんと大胆な。

小さな宿に泊まりながら、イタリア、イギリス、そして最後にオランダを巡りました。そして、ゴッホ美術館のきしむ階段を昇っているとき、目の前に《馬鈴薯を食べる人々》が現れたんです。

高橋改装前のゴッホ美術館ですね。小じんまりした、温もりのあるいい美術館でした。

ええ、そのゴッホ美術館です! そこで《馬鈴薯を食べる人々》や履き古した靴を描いた《靴》を見たとき、体の震えが止まらないほどの衝撃が走りました。当時、一応はゴッホのことは知っていましたが、まさかこんなにも素朴な絵を描いていたなんて思いもよりませんでした。その絵を観て思いました。いまのわたしが女優を辞めようなんて、なにかとんでもない勘違いをしているのではないかと。わたしは、まだなにもしていないじゃないかと。ゴッホのカンヴァスのなかの働く人々のように、わたしももう一度、女優として汗水たらして、懸命に働いてみたいという感情が突き上げてきたんです。人生の岐路に立ったとき、1枚の絵が導いてくれるということがあるんですよね。

高橋素晴らしい感性ですね。それに、ゴッホの絵に惹きつけられたのは、やはり「民芸」に魅せられた浜さんの原点に通じる気もします。

たしかに、そうですね。民芸への想いも重なったのかもしれません。

高橋とくに西洋美術は、知識がないと理解できないと思われている方もまだ多くいらっしゃいます。でも、あまりおよび腰になると、浜さんが感じたような、人生が変わるほどの衝撃をみすみす失ってしまうんじゃないかと、少し残念に思うときもあります。もしかしたら自分を“呼んでいる”絵が、必ず1枚はどこかにあるのかもしれません。

高橋館長が衝撃を受けた1枚、“呼ばれた”1枚はありますか?

高橋僕は若いとき、浜さんみたいにちゃんと物事を考えていなかったですねぇ。でも、個人的な体験ですが、10代の初めに両親とともにフランスに1年間暮らした経験は大きいかもしれません。その期間、ヨーロッパ中の美術館を訪れる機会に恵まれました。フィレンツェのウフィツィ美術館のボッティチェリ作の《春》や《ヴィーナスの誕生》、ロンドンのナショナル・ギャラリーで観たベラスケスの《鏡のヴィーナス》やパリの旧印象派美術館にあったたマネの《オランピア》、マドリードのプラド美術館で観たゴヤの「黒い絵」シリーズなどは、とても印象に残っています。当時は絵に関する知識はなく、ヴィーナスのお尻が素敵だなとか―こうして並べてみると女性の裸体画が多いですよね―(笑)、ゴヤの絵はなんて怖いんだろうとか、そんな印象だけの感想でしたが、僕のなかのどこかに強く刻まれたんでしょう。だから美術が好きになって、結局はいま、こういう仕事をしているんだと思います。10代の感性で本物を見ることって、とても大切ですね。

なんて羨ましい体験。かつての幼い自分は、今の自分の原点だと、わたしもつくづく思います。