新しい〈わたし〉に出会う
皆さまこんにちは。「新しい私 書店」のオープン2周年を記念して発行した「新しい私 書店」通信に掲載されているエッセイをブログでもご紹介します。こちらは、東京・荻窪にある本屋さん、「Title」の店主・辻山良雄さんに執筆いただきました。
いつのころからだろうか、本屋の書棚の前で、スマートフォン片手に何かを調べている人の姿を、よく見かけるようになった。そうした話を仲間の店主としたときに、「ああ、それは買おうとする本のレビューを調べているのですよ」と言われ、とても驚いたことがある。
目のまえの本に「面白そうだ」と心を動かされたとき、その本が発する声は、ほかでもないあなたに向けられている。そのときあなたは、広い世界とひとりで向き合っており、誰かの評価はそこでは関係がない。本の語りかける声に耳を傾け、自分のなかに新たに生まれた興味に従うことで、あなたの内にある〈核〉は、次第に膨らんでいく。他の誰かが「あなたという人間のほんとうに触れた」と感じたとき、そこにはいつでもあなた自身の、消すことのできない〈核〉が存在している。
同じように一枚の絵を観るとき、人はやはりひとりである。誰かと一緒に美術館にいき、その感想を伝え合うことはあっても、あなたがその絵を観ることで受けた感動は、あなただけのものだ。そして一枚の絵から心動かされた体験は、ことばにはならなくてもあなたをまた別の絵へと向かわせる。その一本の道を辿るうちに、あなたがものを観るときのセンサーが次第に養われる。
わたしはここで、くり返しひとりと書いた。それはひとりの時間でしか育たない〈わたし〉があるからだ。絶えず流れてくる情報から自分を見失わないためには、内なる世界が充実していることが大切だ。興味に任せて読み続け、様々な絵に触れた先には、世界に対する自分なりの構えが身についてくる。それは簡単に数値化できるものではないが、ともすれば周りに流されやすい〈わたし〉の支えとなり、自らの長い道のりを照らし続けてくれる。
あたらしい〈わたし〉は、検索やマニュアルからは見つからない。それは何かに埋没した時間の先で、あなたが来るのを待っている。
辻山良雄
1972年、神戸市生まれ。大学卒業後、書店「リブロ」勤務を経て、2016年1月、東京・荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店「Title」をオープン。新聞や雑誌などでの書評、カフェや美術館のブックセレクションも手掛ける。最新の著作は、『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)。
「新しい私 書店」とは
三菱一号館美術館の「新しい私に出会う、三菱一号館美術館」というブランドスローガンをコンセプトにして生まれた架空の本屋さんです。普段はWEBの世界からさまざまなテーマを設けて、協力書店さん(紀伊國屋書店 大手町ビル店、丸善 丸の内本店、三省堂書店 有楽町店)にご協力いただき、「新しい私に出会う」きっかけとなる本をご紹介しています。
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