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「ヴァロットン―黒と白」平野啓一郎氏による記念講演会レポート

11月8日(火)、小説家・平野啓一郎さんを講師に招いて「ヴァロットン―黒と白」の特別記念講演会が開催され、会場とオンラインあわせて約130名が参加しました。平野さんは、11月18日公開映画の原作『ある男』など数々の小説を手掛けられ、ロマン主義の画家であるウジェーヌ・ドラクロワを登場人物に19世紀フランスを描いた小説『葬送』をはじめ、美術に関連の深い作品も発表されています。2014年には「非日常からの呼び声 平野啓一郎が選ぶ西洋美術の名品」という展覧会で国立西洋美術館のゲストキュレーターを務めました。

本講演会では、「ヴァロットン―黒と白」の図録にご寄稿いただいたエッセイ「領域としての黒」を出発点としながら、実際に展覧会をご覧になっての感想を交えつつヴァロットンの芸術についてお話いただきました。

平野さんは、ヴァロットンの木版画における「黒と白」について、次のように分析されています。山の連作では、従来の絵画や版画と同じく「白と黒」が「光と影」とを表し、陰影のグラデーションが残っています。それが都市を描いた作品では消失し、黒と白だけに意味的・象徴的に整理されていきます。《学生たちのデモ行進》のように、黒色が画面の中心となるモチーフを強調する役割を果たすこともあれば、〈アンティミテ〉のような男女の室内画では、男性と一体化する黒色は、欲望の象徴として示されているのです。

《マッターホルン》1892年 木版 14.5×25.5 cm

《学生たちのデモ行進(息づく街パリ  V)》1893年 ジンコグラフ 22.3×31.2 cm

平野さんによる驚くべき「発見」は、ヴァロットンの版画作品の多くが、画面の中心に「手」を据えているということ(!)。実際にいくつかの作品を見るとその通りで、「なるほど」と唸ってしまいました。しぐさや動きで多くを物語る「手」は、時に顔の表情以上にメッセージ性を持つことがあります。《暗殺》では、顔はあえて見せずに手の動きだけでその暴力性を表現しています。

《暗殺》1893年 木版 14.7×24.7 cm

お話は美術に限らず、文学や出版文化、19世紀の女性観や第一次世界大戦などに及び、その知識の広さと深さに圧倒される一方で、展示室ではひとつひとつの作品にじっくりと対峙している姿も印象的でした。平野さんのご講演を通じてヴァロットンの新しい魅力と見方を発見することができ、担当学芸員としてもとても貴重な経験となりました。

 

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