初老耽美派のひと言おしゃべり未来の美術館番外編1

初老耽美派とは、生年月日が同じ冨田章氏(東京ステーションギャラリー館長)と山下裕二氏(明治学院大学教授)が還暦を迎えた2018年、5歳年長の高橋明也(三菱一号館美術館館長)とともに結成した3人の美術史家のユニットです。そのただ一つのモットーは、「ぼーっと仲良く美術作品を眺める」こと。その初老耽美派の肩の力の抜けたおしゃべりを3回にわたってお届けします。

美術は役に立たないからこそ素晴らしい

初老耽美派のひと言おしゃべり未来の美術館番外編1

山下 昔からその傾向はあったけれど、最近とくに高齢者の姿を美術館でよく見るよね。

冨田 美術を楽しむには、時間と心の余裕がどうしても必要なんだよね。

高橋 丸の内で日々忙しく働いているビジネスパーソンは、美術なんぞを語る時間がない。ほら、美術って役に立たないものだから。

山下 役に立たないことこそが、美術の素晴らしい価値なんだけれど。

冨田 役に立たない価値を認識するのは、あくせく働いている時にはなかなか難しいよ。時間をつぶそうとして美術館に入った時に、これまでの価値観をひっくり返すような大きな出会いがあったりする。でも同じ出会いを経験しても、ゆったりとした気持ちじゃないと、心にスッと入ってこない。

山下 昨今の伊藤若冲をはじめとした日本美術の展覧会はとくに、そうした高齢者層に支えられているんだよ。若冲にハマったおじいさんがいかに多かったか。

冨田 今は役に立たないコトやモノに費やす時間がどんどん削られていくよね。それだけ社会に余裕も許容もないとう証。大学でも役に立たない学部はつぶそうなんていわれる風潮にあるから、そこを変えていかないと美術館にも未来はないと思うな。

高橋 昔はそれこそ洗濯機や冷蔵庫、ましてやお掃除ロボットなんて便利な家電もなかったわけだから、実は今よりも時間はなかったはず。それなのに役に立たないものを愛する心の余裕はあった気がするけれどね。

冨田 それは情報が限られていたせいかもしれない。今はじっとしていても、情報がどんどん入ってくる時代。でも、昔は求めないと情報がなかったから、美術館や図書館へでも行ってみようかという好奇心が育つ環境にあったのかもしれないね。

高橋 そうだね。まとめサイトなんかもあって、すぐに分かった気になる。美術だって、スマホやパソコンの検索窓に作品名や画家名を入れれば、すぐに見られちゃう。それでもう満足しちゃうんだ。時間をかけずに有益な情報にたどりつくことが最優先されている時代だから。

山下 その対極にあるのが美術鑑賞だね。

冨田 わざわざ時間を割いて足を運んで、役に立たない美術をああでもない、こうでもないと言いながら楽しむ。いいですよ、これぞ初老耽美派の目指すところ。

高橋 心の余裕がなくてはできない、実はもっとも贅沢な時間の使い方なんだよね。

山下 ぼくらも若い頃は、ぼーっとなんて作品を見てられなかったじゃない。初老になって、享受できている贅沢だね。初老もなかなかいいもんだ。

番外編2を読む
番外編3を読む