ロゴデザインのゆくえ


グラフィックデザイナー
服部一成

ロゴデザインのゆくえ

 電話口で「三菱一号館美術館」という名前を初めて聞いた時は、なんとも落ちつかない感じがしたものである。
 
 長いし、“館”の字が二つ続くのも奇妙に思えた。 ロゴのデザインを依頼されたのは嬉しいが、シンプルに「三菱美術館」にならないものかなどと考えたりもした。
 数日後、開設準備室の方たちがやってきて、いろいろ話してくださった。 1894年に英国人建築家コンドルの設計により、丸の内に初めてのオフィスビル、三菱一号館が建ったこと。 失われていたその一号館を、部材の製造法や建築技術まで再現して忠実に復元しようとしていること。 かつては銀行や事務所が入っていた一号館を、文化発信の拠点として美術館に生まれ変わらせること。

 なるほどこれは「一号館」なのだ、三菱、一号館、美術館、という名前に大事なことは凝縮されているのだということが、僕の頭にもよくわかった。

 はじめ、煉瓦をモチーフにしたロゴの案を考えた。 当時の製造法が国内には見当たらずにわざわざ上海郊外の工場で大量の煉瓦を作る話や、全国から集めた腕利きの煉瓦積み職人がこれを一つずつ積むという話はとりわけ印象深かった。
 それで煉瓦が積まれてMの字になっているマークを考えたのだ。スマートな案ができたと思ったが、しかしどこか物足りないのである。 ふと最初に電話を受けた時のことを思い出した。この変わった館名、これこそがこの美術館なのだ。安直に頭文字のMのマークにはせずに、長い館名そのものをシンボルにできないだろうか。

 つまりは判子みたいなものだが、三菱のスリーダイヤにちなんで三角形にしたらどうだろうか。「三菱」を中心に「一号館」「美術館」を左右に振り分けると、うまくシンメトリーになって三角形に収まった。尖った三つの角を少しカットしたら、そのわずかな装飾性がクラシックな感じを生んで1894年と繫がったような気がしてきた。

ロゴデザインのゆくえ

 英文表記のMitsubishi IchigokanMuseum,Tokyoを4行に組むときれいな逆三角形になり、下に置くと座りがいい。 そんな偶然の連続でするすると第二案、つまりは現在のロゴは出来上がった。

 一般に、どんなに革新的に思えるロゴも、20年あるいは30年も経てば多くは古く感じられて、そろそろ新しく作り変えようという話が出はじめる。 これはそのデザイナーの腕というより、デザインというものの宿命のように僕には思えるがどうだろうか。

 僕の一号館のロゴは初めからある種の古風さを伴っているから、かえって寿命は長いのではないかと、作者としては都合のよい願いを抱いてもいる。 先のことはわからないが、ともかく最初の10年は生き延びた。10周年用のロゴも作ることができた。
 同じ三角形をもうひとつ隣に並べて中に10thの文字を入れた、かたちの連鎖の心地よさで考えたものだが、これが通用するのは、元の三角形のロゴを使い続けたおかげで美術館とイメージが重なっているからだ。

また別のことを言うこともできる。その企業なり団体なりが優れた活動によって人々に受け入れられている時、ロゴは自然とよく見えるものだ。平凡なロゴは平凡さこそが秘訣のように感じられ、奇抜なロゴは奇抜さゆえ愛せるように感じられる。僕の一号館のロゴもこの10年の間、美術館の活発で魅力にみちた運営に助けられて、ずいぶんと得をしてきたと思う。

ロゴデザインのゆくえ

【プロフィール】
服部 一成
HATTORI Kazunari
1964年、東京生まれ。
1988年東京芸術大学美術学部デザイン科卒業、ライトパブリシティ入社。2001年よりフリーランス。
主な仕事に「キユーピーハーフ」の広告や、雑誌『真夜中』、『流行通信』、『here and there』のアートディレクション、「新潟市美術館」「弘前れんが倉庫美術館」のロゴタイプ、『プチ・ロワイヤル仏和辞典』の装丁等。