この珍しい大作が日本の美術館の収蔵品となったと聞いたのは、嬉しい驚きであった。 それ以外の三菱一号館美術館のコレクションも、まさしく「夢見る世紀末」と呼ばれるにふさわしい多彩な内容である。
そのなかではまず、2011年の「トゥールーズ=ロートレック」展で紹介された偉才ロートレックのグラフィック作品群を挙げなければならないだろう。 また、スイス生まれの「ナビ派」の異色画家フェリックス・ヴァロットンの油彩画と多数の版画も見逃せない。
2014年の「ヴァロットン」展で「冷たい炎の画家」と規定されたこの鬼才は、私が特に好む画家でもあるので、何よりも喜ばしい。そして、何よりも貴重なのは、ロートレック、ボナール、ゴーガン、モーリス・ドニなど文字通り世紀末芸術の優れた旗手たちの手になる版画作品を集めた『レスタンプ・オリジナル』である。
この版画集の完全な揃いの版というのは、世界的に見ても珍しいものであろう。
さらに、ニューヨーク在住のジョン&ミヨコ・デイヴィー夫妻が「生活のなかのジャポニスム」というテーマで収集したミントンやロイヤル・ウースター、ルイス・コンフォート・ティファニー、エミール・ガレなどによる豊麗な美術工芸品のコレクションも、作品自体の優れた出来栄えとその資料的価値において、きわめて重要なものと言ってよいであろう。
これらのコレクションに支えられて、明確な視点に基づく充実した内容を見せてくれた三菱一号館美術館の今後の活動に、いっそう期待したい。
【プロフィール】
高階 秀爾
TAKASHINA Shuji
1932年、東京生まれ。
東京大学名誉教授・日本芸術院会員。
東京大学教養学部卒業、東京大学教授、国立西洋美術館館長等を経て現職。
2000年紫綬褒章、01年仏レジオン・ドヌール勲章シュヴァリエ章、12年文化勲章受章。
主な著書に『世紀末芸術』、『 日本人にとって美しさとは何か』(共に筑摩書房)他。