パリ♥グラフィック ― ロートレックとアートになった版画・ポスター展

開催まで

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三菱一号館美術館

本展の見どころ

19世紀末のパリ、様々な芸術運動が勃興するなか、版画は新たな芸術表現を切り拓く重要なメディアとなりました。
それまで単に複製や情報伝達のための手段でしかなかった版画は、トゥールーズ=ロートレックや世紀末の前衛芸術家たちにより、絵画と同じく芸術の域まで高められ、それらを収集する愛好家も出現しました。一方、大衆文化とともに発展したポスター芸術をはじめ、かつてないほど多くの複製イメージが都市に溢れ、美術は人々の暮らしにまで浸透しました。
世紀末パリにおいて、「グラフィック・アート」はまさに生活と芸術の結節点であり、だからこそ前衛芸術家たちの最も実験的な精神が発揮された、時代を映すメディアであったと言えるでしょう。
本展は、こうした19世紀末パリにおける版画の多様な広がりを検証するものです。当館およびアムステルダム、ファン・ゴッホ美術館の貴重な19世紀末版画コレクションから、リトグラフ・ポスター等を中心に、油彩・挿絵本等を加えた計約140点を展覧します。

3つの見どころ

1. グラフィック・アートの原点―芸術表現に革命を起こした最先端のメディア・版画

19世紀末パリにおいて、それまで情報伝達や複製の手段でしかなかった版画の技術が発達し、トゥールーズ=ロートレックやボナール、ヴュイヤールらの芸術家たちは表現の可能性を広げる最先端のメディアに夢中になります。やがて彼らは、とくにリトグラフ(石版画)で自らの線描と多彩な色を用いた美しい作品を生み出し、版画を芸術の域まで高め、グラフィック・アートの原点を築きました。

2. From Elite to the Street:芸術と生活のあいだに

美しい版画を芸術作品として収集する愛好家が登場する一方で、19世紀末は、消費や歓楽、遊興といった大衆文化が大都市パリで花開いた時代でもあります。街中や劇場内のポスター、本の挿絵などのグラフィック・アートによってかつてないほどのイメージが世に広がったことで、より幅広い人々が日常的に芸術を享受できるようになったのです。

3. ファン・ゴッホ美術館と三菱一号館美術館が誇る、世界有数の19世紀末版画コレクションが一堂に。

本展は、世界有数の19世紀末版画コレクションを誇るファン・ゴッホ美術館と、トゥールーズ=ロートレックの貴重なポスター、リトグラフコレクションを所蔵する当館の共同企画によるものです。19世紀末パリのアート界を代表する画家たちによる、大変保存状態の良い選りすぐりの作品が一堂に会します。

館長メッセージ

三菱一号館美術館が、アムステルダムのファン・ゴッホ美術館と共催で催す本展(既にアムステルダムで開催;2017年3月3日~6月17日)は、世紀末のパリのグラフィック芸術(印刷芸術=すなわちポスターや版画)に焦点をあてています。
19世紀は、美術のあらゆる分野において、それまで西欧美術の根幹をなしていた重厚で壮大な内容と形式が、急速により軽快なものへと変貌を遂げていった時代です。とりわけ、平面の美術つまり絵画は、18世紀末に発明された石版画の技術によって、容易にそのイメージを紙の上に縮小・拡大されて多数複製され、多くの人の手に渡るようになりました。以後、19世紀を通して版画の表現技術は急速に進化し、やがて1880年代以後の世紀末に至って、グラフィック芸術は、創作芸術としての独自の領域を確立するに至ったのです。
この時代のグラフィック作品の見事なコレクションを持つゴッホ美術館と、トゥールーズ=ロートレックやナビ派の重要な作品を所蔵する三菱一号館美術館は、2014年の「ヴァロットン―冷たい炎の画家」展開催においてもパリのオルセー美術館とともに共同主催館となりましたが、今回も緊密な協力体制を組みました。両館の収集作品の特性を生かしながら、眼の肥えた世紀末の愛好家・収集家たちの要請に応えた精緻で高品質の作品と、高まる商業的受容の中でパリの街角や劇場、キャバレーなどで輝いたポスターやパンフレットという二つの方向性を明快に提示します。世紀末のポスター・版画芸術の展開に新たな光を当てる意欲的な本展を、是非ご覧ください。

三菱一号館美術館
館長 高橋明也


ロートレックの功績とジョワイヤン・コレクション

トゥールーズ=ロートレック(1864-1901)は、南仏アルビの名門貴族の家に生まれ、モンマルトルの歓楽街や娼館など、パリに生きる市井の人々の姿を鋭い観察眼により描き出した、19世紀末フランスを代表する画家です。
とりわけポスターや版画制作はその真骨頂とも言え、卓越したデッサンと鮮やかな色彩、斬新な構図や新たな技法への挑戦により、ポスターを芸術の地位にまで高め、後世のグラフィック・アートにも大きな影響を与えました。
三菱一号館美術館では、ロートレックが生前アトリエに保管し、画家の親友で、ゴッホの弟テオの画廊を後継したモーリス・ジョワイヤンが引き継いだ250点余りのグラフィック・コレクションを所蔵しています。保存状態の良いリトグラフやポスターの主要作品に加え、市場には出なかった試し刷りなど、画家の制作過程がうかがえる貴重な作品が数多く含まれています。

ムーラン・ルージュのイギリス人

ダンスホールにおける男女の駆け引きの情景。本作を制作する際、ロートレックは何度も試し刷りを行いました。通常のエディションの赤紫色と、わずかな枚数のみ刷られた薄い青色の版を比較すると、ロートレックの色彩に対する実験の過程が見て取れます。後者の青色の版はカタログ・レゾネにも記載されていない希少な試し刷りです。

(左)アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック 《ムーラン・ルージュのイギリス人》 1892年 多色刷りリトグラフ 62.7×48.4cm(シートサイズ) 三菱一号館美術館
(右)アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック 《ムーラン・ルージュのイギリス人》 1892年 多色刷りリトグラフ 61.4×48.4cm(シートサイズ) 三菱一号館美術館


19世紀末、ベル・エポック(良き時代)のパリ

19世紀半ば、セーヌ県知事だったオスマン男爵は、産業化を背景とした爆発的な人口増加に耐え切れなくなったパリの大改造を断行します。近代都市へとパリが生まれ変わる一方で、中心街では貧民窟が一掃され、多くの労働者層は家賃の安い近郊地へ住み着くことになりました。パリ外縁の小高い丘にあったモンマルトルは彼らの移住先のひとつとなり、また彼らを相手として、そこにカフェ・コンセール(演芸喫茶)やキャバレー、ダンスホールといった遊興施設が次々と誕生。中でも1889年に開店した「ムーラン・ルージュ」は名物店となり、モンマルトルはパリ随一のデカダンな歓楽街として人気を博しました。

アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック 《ディヴァン・ジャポネ》
1893年 多色刷りリトグラフ 80.0×61.9cm(シートサイズ) 三菱一号館美術館


芸術家が夢中になったリトグラフ

18世紀のおわりに開発されたリトグラフは、水と油の反発する性質を利用して刷る平版形式の版画技法です。19世紀になると、紙に描くのと同じように自由に描写ができるこの技法は、最先端の表現メディアとして、ロートレックを始め印象派やナビ派など多くの画家たちを魅了しました。

(左)ピエール・ボナール 《小さな洗濯女》 1896年 多色刷りリトグラフ 29.4×19.8cm アムステルダム、ファン・ゴッホ美術館
(右)モーリス・ドニ 《『アムール(愛)』表紙》 1898年 多色刷りリトグラフ 53.3×43.3cm 三菱一号館美術館

(左)オディロン・ルドン 《光の横顔》 1886年 リトグラフ 34.2×24.2cm アムステルダム、ファン・ゴッホ美術館
(右)ウジェーヌ・グラッセ 《版画とポスター、『版画とポスター』誌のためのポスター》 1897年 多色刷りリトグラフ、写真製版 アムステルダム、ファン・ゴッホ美術館

(左)ヨージェフ・リップル=ローナイ 《村の祭り(画家=版画家集)》 1896年 多色刷りリトグラフ 39.5×53.3cm アムステルダム、ファン・ゴッホ美術館
(右)エドゥアール・ヴュイヤール 《街路(風景と室内)》 1899年 多色刷りリトグラフ 33×40cm アムステルダム、ファン・ゴッホ美術館


コレクターズアイテムとなった版画

1 9世紀末、ポスターなどで版画が大衆化する一方で、芸術としての版画の価値を高めるような試みも盛んに行われました。前衛的な作家たちは競って版や刷りの実験的な表現を開拓し、それにより絵画とは異なる版画独自の価値が認められるようになりました。また、意欲的な画商が版画集の刊行を手がけたのもこの時代です。
その結果、パリには前衛アーティストの作品を揃えた版画専門の画商も登場しました。コレクターのために、豪華版の版画集や一点ものの作品が発売される一方、街中に貼られていた劇場のポスターさえもがコレクターズアイテムに変貌し、コレクション熱が加速していきました。

※この作品は展示室内での撮影が可能です。

(左)アンリ・ド・トゥールーズ・ロートレック 《ムーラン・ルージュ、ラ・グーリュ》 1891年 多色刷りリトグラフ 193.8×119.3cm(シートサイズ) 三菱一号館美術館
(右)ピエール・ボナール 《「フランス=シャンパン」のためのポスター》 1891年 多色刷りリトグラフ 77.5 ×57.5cm アムステルダム、ファン・ゴッホ美術館

モーリス・ドニ《『ラ・デペッシュ・ド・トゥールーズ』紙のためのポスター》1892年 多色刷りリトグラフ 130.3×86.9cm アムステルダム、ファン・ゴッホ美術館

◆アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《ロイ・フラー嬢》

たなびく袖を旋回させる「火の踊り」で人気を博した踊り子ロイ・フラーに魅了されたロートレックは、スポット照明の効果を活かした舞台パフォーマンスの様子を描きました。1枚1枚の作品に金粉や銀粉を乗せた手の込んだリトグラフは、まさに一点ものであり、複製芸術を超えた表現となっています。

(左)アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《ロイ・フラー嬢》1893年 多色刷りリトグラフ 38.2×28.2cm(シートサイズ) 三菱一号館美術館
(右)アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《ロイ・フラー嬢》1893年 多色刷りリトグラフ 38.1×28.4cm(シートサイズ) 三菱一号館美術館  

◆フェリックス・ヴァロットン《アンティミテ》

ナビ派の画家ヴァロットンは、シニカルな観察眼を発揮して男女のドラマティックで秘密めいた怪しい情景を10点の連作に描きました。白と黒のみで表現された木版の斬新なデザイン性も見どころのひとつです。この連作は3 0 部限定で制作され、ヴァロットンは刷りの希少性を高めるために版木を破棄しました。

フェリックス・ヴァロットン《お金(アンティミテ Ⅴ)》1898年 木版 17.9×22.6 cm 三菱一号館美術館

◆ピエール・ボナール《並行して》

画商アンブロワーズ・ヴォラールの依頼を受け、ナビ派の画家ボナールは、ポール・ヴェルレーヌの詩に109点の挿絵を添えました。文字と余白の絶妙なバランスが計算されたこの詩画集は、文学とイメージが融合した19世紀挿絵本の傑作のひとつといえます。

ポール・ヴェルレーヌ(詩)、ピエール・ボナール(挿絵)『平行して』1900年リトグラフ、木版、活版印刷 30.0×25.5×3.0cm 三菱一号館美術館