館長対談

館長対談 vol.11

ゲスト

中田英寿さん
(元サッカー日本代表)

館長対談 vol.11ゲスト 中田英寿さん (元サッカー日本代表)

境界のない才能の輝きに魅せられて

元サッカー日本代表の中田英寿さんは、現在、日本伝統の美や日本酒に魅せられ、その素晴らしさを多くの人に紹介するため、精力的に活動されています。その中田さんと意外な接点をもつ高橋館長が、イタリア生活の長かった中田さんと、ジャンルの垣根を越えて、「レオナルド×ミケランジェロ展」について語り合いました。

“レオナルドにもミケランジェロにも、普遍的な美があるからこそ、
今の僕たちが見てもカッコいい!と思える”
— 中田さん

高橋ヒデとの出会いは、もちろんサッカー。ヒデがミッドフィルダーで、僕がフォワードだったんだよね(笑)。

中田そうです、サッカーつながり。大先輩ですよ(笑)。

高橋冗談はさておき、本当の出会いは、今から5年前。「KATAGAMI Style」展に来てくださったのがきっかけですよね。

中田僕は2009年から日本全国を旅し始め、行く先々で伝統工芸家の方々に刺激を受けていました。その翌年、多くの人に日本の伝統工芸を知ってもらいたくて「REVALUE NIPPON POJECT」を立ち上げたんです。そんな矢先、“洋”のイメージだった三菱一号館美術館で、日本の「型紙」を扱った“和”の展覧会が開催されているのを知り、うかがったのが最初でした。

高橋あの展覧会はちょっと異例でしたね。開館から2年がたって、これまでやってきたものとは違うサプライズ感があるテーマを扱ってみたかったんです。

中田実は僕は現役時代、あんなに長くヨーロッパにいたのに、ほとんど美術館に行ったことがなかったんですよ。

高橋フィレンツェなんて、美術館に行かなくても、街全部が美術館みたいなものですからね。

中田そうなんです。街なかに、美術館級のものがゴロゴロしているという環境でしたから。イタリアでは、車停めの石でさえ、デザインされていてカッコいい。日本でいうところの「用の美」です。

高橋中田さんが応援されている日本の伝統工芸もそういう存在ですよね。

中田僕は「応援している」という気は全然ないんです。日本全国を旅して、伝統工芸品を作っている職人さんに会いに行ったら、とても面白かったから、多くの人に知ってもらいたいと思っただけ。それが僕の原動力です。もともと、単純に人が好きなんですよね。それに、イタリアと日本は、物作りの点で、よく似ていて、親しみやすかったんです。

高橋日本とイタリアがつながったんだ。

中田ええ。今、僕は日本の酒蔵も回っているんですが、それもイタリアのワイナリーを回るのと同じ感覚。日本酒とワインは、作り方も似ていますし。

高橋職人のどういうところが面白いと思ったんですか?

中田職人の世界は、スポーツの世界に通じると僕は思っています。まず、完璧というのがない。サッカーもそうです。完璧なプレイっていうのは、まずないから。訓練を積んで、自分が理想とする領域にいかに近づいていくか――。それを追究しているだけ。周りはいろいろ評価を下すけれど、最終的には自分との勝負です。

“イタリア人って、造形に対する感度がとくに高い。
つまり視覚を最高位においている”
— 高橋館長

高橋なるほど。中田さんならではの視点ですね。サッカー選手だった中田さんが、伝統工芸や日本酒に興味を持たれた理由がとてもよくわかります。

中田それに、サッカーでも、技術は教えてもらうというよりも、見て覚えるもの。職人たちもそうですからね。

高橋先人の背中を見て学べということですね。6月から当館では「レオナルド×ミケランジェロ展」が始まります。美術界の巨大な先人たち、ルネサンスの2トップの芸術家対決です。

中田フィレンツェでは、ミケランジェロのダヴィデ像が普通に街に立っているから、そこにあるのが当然という感覚で暮らしていました。でもよくよく考えてみると、ルネサンスは、日本でいうと室町時代くらいですよね。その時代から残ってきた作品なんだと考えると、やはりすごい力なんだと思います。僕は時代によって左右される美は、偽物だと思うんです。レオナルドにもミケランジェロにも、普遍的な美があるからこそ、今の僕たちが見てもカッコいい!と思えるわけですよね。

高橋今回は、その二人を対決といった形で取り上げます。レオナルドのほうが少し年上ですが、お互いかなりライバル視していたんです。

中田仲は悪かったんですか?

高橋悪いというほどではなかったと思いますが、異常にお互い意識していたのは確かです。フィレンツェのヴェッキオ宮の広間で競作をしたこともあるんですよ。

中田競作しているんですか!

高橋残念ながら、作品は残ってはいないんです。フィレンツェの歴史をテーマに二人に壁画を描かせるというプロジェクトがありましたが、両者ともに気が多い人だったし、筆がなかなか進まなくて、完成には至りませんでした。

中田それは残念ですね。レオナルドとミケランジェロ、どちらの方が一般的に評価が高いんですか?

高橋それは好き好きですね。でも、レオナルドのほうが現存作品が少ないので、希少性は高いですね。中田さんに、ぜひうかがいたいと思っていたことがあるんですよ。

中田なんでしょう?

高橋僕は、ヨーロッパでは、「観る、観られる」の意識が文化の柱になってきたんじゃないかと思っているんです。とくにイタリアに行くと、強く感じます。サッカーのイタリア代表を見ていても、ビシっとキメていて、観られるという感覚を強くもっていますよね。

中田彼らは見せるのがほんとうに好き。イタリアで最初に驚いたのはシャワールームです。筋肉を見せる、見せる。トレーニングのために鍛えているのか、見せるために鍛えているのか、どっちなんだと(笑)。

高橋街の中心に全裸のダヴィデがいる国ですからね(笑)。

中田まず、肉体ありきってことは、彼らのDNAに刻まれているのかもしれません。

高橋イタリア人って、美術に対する感度がとくに高いじゃないですか。つまり視覚を最高位においている。それを最初にやったのは、実はレオナルドなんですよ。

中田そうなんですか!

高橋レオナルドは、視覚がもっとも重要な知覚であり、それ故に視覚芸術である絵画こそが、もっとも優れた学芸だと主張しました。目に見える物に対する絶対的な信頼です。だから、僕は、今の中田さんの活動は、イタリアでそうした感覚を身につけてこられたこそなんだろうと、とても自然に感じているんです。

中田よく、なぜ元サッカー選手が、今、こういうことをやっているのか? と聞かれるんですが、僕はただ自分の人生を生きているだけなんですよ。僕はサッカー選手になるために生まれてきたわけじゃないと思っている。あの時期は、サッカーをやっていた時間だけれど、今は違う時間なわけで……。

高橋レオナルドとミケランジェロもさまざまなことをした人です。レオナルドは絵画はもちろん、建築、天文、地理学、物理学、土木工学などと、多岐にわたる業績を残した「万能人」。ミケランジェロだって詩を書かせれば素晴らしい詩人でしたしね。

中田もちろん、僕はそんな天才ではないけれど、自分が出会ったカッコいいと思う物を、自分なりの切り口で紹介していきたいと思っています。そしてその物は、アートでも工芸でも建築でもデザインでもなんでもいい。そうした「境界」は無意味に思えるんです。たとえば「レオナルドとミケランジェロ、二人は何屋さんですか?」と聞かれたら、なんと答えますか?

高橋核心をついた質問ですね。そう、彼らはいうなれば「タレント屋」。才能の塊です。画家とか彫刻家とか、ひとくくりにはできない存在。

中田そうですよね。才能のある人の手から生まれた名品を、カテゴリーで区別する意味はまったくない。なんであろうと素晴らしいものに変わりないんだから。

高橋まさにそう。セリエAの初戦で、ペルージャのヒデが王者ユベントス相手に2点を入れたとき、テレビの前で多くの人が震えた。そういう絶対的な才能の輝きに、人は感動させられるんですよ。

中田今回の展覧会では、レオナルドとミケランジェロという世紀の才能に感動させてもらえるわけですね。楽しみです。あっ、展覧会場に、たくさんイタリア人を呼ぶのはどうですか? 美術館全体がイタリアの雰囲気になりそうですよ。

高橋それも面白いですね。でも、筋肉ムキムキの人に裸で大勢来られたら、たいへんだなぁ(笑)。

中田英寿(なかた ひでとし)
元サッカー日本代表。引退後100以上の国や地域の旅を経験した後、2009年より日本国内47都道府県の旅を開始。これらの経験から日本の伝統文化、工芸等の新たな価値を見出し、その継承と発展を促すことを目的とした「REVALUE NIPPON PROPJECT」や、お酒の素晴らしさや面白さ、魅力を多くの人々に知ってもらうことを目的に、2012年ロンドン五輪、2014年ブラジルW杯、2015年ミラノ万博と、日本文化や日本酒の魅力を世界で伝えるプロジェクトを実施。現在、国際サッカー連盟(FIFA)の諮問機関である国際サッカー評議会(IFAB)の諮問委員を務める。